 |
 |
|
|
 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
| 1986~1991 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
夢商人-西岡たかしin掛川座「夢はこび、歌つどい、コンサート」1986
|
|
|
|
|
|
|
 |
日時:1986年6月22日(月)
午後6時開場・6時30分開演
会場:掛川座(掛川市大手町)
料金:前売2,500円/当日2,800円(全自由席)
主催:蒼生舎/ひょうたん島/レターハウス/78%
後援:兵藤楽器
日本のフォークソング界の草分け的な存在で、元「五つの赤い風船」のリーダーだった西岡たかしさん。あの「遠い世界に」は代表作です。人間的なふれあいと、躍動感ある歌詞、そしてなによりも彼自身の大阪弁のおしゃべりの面白さと相まって、素朴で楽しいステージが展開されます。
|
|
「ボクはミスターフォーク FOLK SONGの専門家です!」
日本のフォー・クソングは、専門家だけが作る歌の世界を否定する所から始まった最もアマチュア精神の色濃い音楽文化であった。その本音は「歌までマスに牛耳られてはたまらん…」と言う、人間本来の持つささやかだが美しさを秘めた願いがこめられていた。しかし現実は確実にエスカレートを続け情報化社会の名の元に豊かな人間性までも情報の一部として一分のスキもなく剥ぎ取りつづけようとしている。「何時の間にか私達は何の主張も持たない人間に作り上げられてしまうのでは…」と云った恐ろしさにさらされている。ざらざらとした生の質感はどこへ消えたんだろう。
フォーク・ソングは、そんな豊かな人間性の基本的な願いを伝える唯一の手段として私達の中に生きて来た。しかしフォークも又、同じ様に巧妙に変化する社会の受け皿にはめ込まれた一員でもある。方向を見失ったとしても不思議ではない。だがプロシンガー達がきっぱりとした主張を見せなくなった部分には、フォークの持つ弱い一面を見る思いがして成らない。その甘さの構造は、専門家を否定するフォーク時代が要求の中からプロシンガーを生み、アマチュア精神を持つ専門家と云う不思議な存在をいとも簡単に作り上げた矛盾、その矛盾がまだ解決されていないからではないだろォか。
こんな弱々しいものを根底に残しつつ生きつづけるフォークに、その専門家の一人としてどこかバランスの無理を感じずにはいられない。
大人になり切れない世代などと呼ばれる私達がめざすものは、大人になりきれない人間に成る事ではなく、もっと大きなスパンで人間本来のささやかな願いや思いを確実にとらえ、より純粋に培養する事で、高い完成度を持った作品を歌い上げ続ける事だはないだろォか。なぜなら、フォークがこれだと云える感性をまだまだ見せたとは思えないからで、やっと始まったばかりの新しい歌の一分野に過ぎないからです。
専門家でありながらアマチュアの精神にこだわり続けていては、他のアートに見る様な完成度の高い作品を生み出す事はむずかしいでしょう。アマチュア精神はフォークにとってフォークらしい良さとして目に写るものだが、果たしてプロシンガーに取っても良さとして写るものだろうか。専門家の仲間入りをした以上、フォークにもより高い完成度を求め続ける姿が望まれるのではないだろうか。そのパワーが次世代へフォーク・スピリッツを送り届ける源動力に成はしまいかと考えます。ボクはMr.Fork、専門家です。
「フォークだって楽しくなきゃあ!」
フォークに音楽性を考える時、あまりに言葉が先行する為か、なぜか軽んじられる傾向がある様です。20年近くを経た現在もこの点では変わりばえしません。当時フォーク集団の中にあって、おせじにもメロディアスと云えない言葉優先の歌の氾濫を良しとする動きがボクにはとても不思議なものとして写っていました。
音楽性豊かなフォーク・ソングであって当然なのに言葉優先が主流をなしてしまったのはどうした事だったのでしょう。そのきっかけがアメリカンフォークへのあこがれであり、模倣であり、民衆の歌であり、労働歌であり、ウディー・ガスリーであり、ピート・シンガーであり、イデオロギーであり、抵抗であり、ギター1本であり、トラディショナルであり、替え歌であり、言葉自身であり、字あまりであり、はたまたディランであると言う、今にして思えばこじつけ気味に常にモデルを追いつづけるだけの動きだったのでしょう。それ以前に人間であり歌であり音楽でありと云う広い視野を持っていなかったからでしょう。たとえば、ギター1本だから音楽的でなくていいとするのは、芸術を唯々難解と決めつけるのに似て少し乱暴でしょう。良いものは分かり安さも持っていると言われます。ギター1本でもその作品に豊かな音楽性が盛りこまれていれば豊かな表現も可能です。
たとえフォークであっても、素朴さであっても豊かな音楽は存在します。その昔フォークのレコードの中から、アメリカ南部アパラチャ地方のオバサンがアカペラで子守り唄風の曲を歌うその声の中に、豊かな人間性と、この上ない美しい音楽に出会えたと云う確かな記憶があります。それはまさに歌のルーツであり美しさを求める人の心のルーツです。
歌は美しさを持って始めて人の心を打つ。日本のフォークはそれを字あまりソングでスタートさせた点が残念ですが、これからはいたずらにモデルを追う事ではなく借り物でない独自の音楽を模索し追究し続けるフォークであって欲しいものです。
フォークだって音楽、美しくなくちゃァ!
僕はその可能性を模索する。
「一人歩きをする歌」
「遠い世界に」と云う歌があります。近頃では時々自分が作った事すら忘れる程一人歩きしている歌です。あるTV番組(11PMですが)の取材でオホーツク海知床を訪ねた時、あまりに有名な歌がある土地がらですから、居合わせたユースホステルの御主人に「遠い世界に」なんか出て来ないんじゃないかと聞いてみたら。なんのなんのこの歌を歌わないとミーティングが始まらないとの事。各地のユースで歌われているとは聞いていましたが、こんな話を聞くと、なんだか出來の悪い息子がほめられた様な気がしてそんな夜はお酒にもはずみがかかってしまいます。クラス会で最後に歌って全員涙したとか、ブルガリヤ国立マドリガル合唱団が荘厳に歌い上げたとか、小、中、高の教科書で歌われているとか、歌が一人で大活躍です。色々な集まりで話しがこの歌に及ぶときまって「こんなに広く歌われているんだから印税もすごいもんでしょう…」と云ったジョークが飛び出します。いえいえ、皆さんが口から口へとおぼえて歌って下さるものですから、プアーな気持ちは印税も同じですョ!、と笑う事がよく有ります。こんなふれ合いがボクの歌作りの原動力に成って行きます。テレビのヒットチャートとは別の所で、ヒット曲が存在しているなんて、まさにフォーク・ソングの本領発揮です。フォークにも一人歩き出来る歌があるんだと云う事をボクは誇りに思います。この誇りは自画自賛ではなく、こんなにまで一つの歌を育てて下さった皆さんが居る事への誇りです。今まで何度も沈んで心が冷え、もォ立ち直れないんじゃァないかと思った時も。この歌を皆さんと歌い合う度に「ボクは歌わなきゃァいけないんだ…」、「ボクは歌を書き続けるんだ…」と一人歩きのこの歌が急に帰って来ては勇気づけてくれる様で、不思議な力が心の中いっぱいに広がって行きます。自分の書いた歌に勇気づけられるなんておかしな話ですが。だからこそ人間ってスバラシイのだと思います。もっとスバラシイ歌を、この歌に負けない歌を書き続けて、こんなに人間はスバラシイんだと歌い続けたく成ってしまっているのですから。
西岡たかし |
|
 |
|
 |
|
 |
|
 |
|
|
 |
|
 |
|
 |
|
 |
|
 |
|
 |
|
|
浅川マキin掛川座 〜流れを渡る〜 1986.Vol.7
|
|
|
|
|
|
|
|
 |
日時:1986年12月6日(土)
開場午後6時30分・開演7時00分〜)
会場:掛川座(掛川市大手町)
料金:前売2,800円・当日3,300円
主催:蒼生舎/お問い合わせ:ひょうたん島
後援:兵藤楽器・おりがみ。ひょうたん島・レターハウス
ゲストミュージシャン
向井滋春(トロンボーン)
渋谷毅(ピアノ)
川端民夫(ベース)
セシル・モンロー(ドラムス)
|
|
|
PANTA in 掛川座 1987
|
|
|
|
|
|
|
|
クリスタルナハト前夜
日時:1987年5月31日(日)
開場:午後6時30分/開演:7時00分
会場:掛川座(掛川市大手町)
料金:前売2,500円/当日2,800円
主催:蒼生舎・バリエラ
後援:兵藤楽器・ぱんぷきん・GOOD TIMES・ひょうたん島
お問い合わせ
浜松地区・チケットセゾン
磐田地区・ぱんぷきん
掛川地区・GOOD TIMES・ひょうたん島
パンタ(Vocal)・中谷宏道(Bass)・中山努(Keyboard)
菊池タクミ(Guitar)・西山嘉治(Drums)
1970年日本のロックの黎明期“頭脳警察”でデビュー。洋楽のコピーが当たり前の当時“日本語の歌詞”という珍しさもさることながら、オリジナリティー溢れる音楽性で高い支持を得る。日本のロックの元祖とも評され、若いミュージシャンに与えた影響は絶大で多くのフォロワーをうみだすことになる。1975年 頭脳警察、解散。1979年 70年代ロックの最高傑作といわれる『マラッカ』を発表。当時の若者向け情報誌の人気投票では1位を獲得。斬新な音楽性と、近代未来都市…東京をリアルに描出したコンセプチァルな詩の世界との融合は、音楽ファンのみならず幅広い層からの支持を得る。
3枚のアルバムを残し、1981年解散、再びソロ活動へ。
1987年 作られる前に既に伝説になっていた大作『クリスタルナハト』を発表。
(https://www.brain-police.com/panta-biography/より)
|
|
 |
|
 |
|
|
岡林信康in 掛川座 1988 Vol.2
|
|
|
|
|
|
|
|
|
エンヤトットで行きまSHOW!
日時:1988年5月29日(日)
開場:午後6時00分/開演:6時30分
会場:掛川座(掛川市大手)
料金:前売2,500円/当日2,800円
主催:蒼生舎・ひょうたん島
後援:兵藤楽器・GOOD TIMES
お問い合わせ:ひょうたん島・季節書房
新作アルバム「エンヤトットでDaning!!」っをお届けします。実に6年ぶり、僕にとっては通算12枚目のアルバムになります。「6年間も何をやっておったのだ」という声が聞こえて来そうですが。つらいながらも意義のある6年間でした。
ジャマイカの黒人ミュージシャンがジャマイカの民謡を現代ロックのスタイルに展開する事によりレゲエという全く新しいスタイルを産み出し、アメリカ・ヨーロッパの白人ミュージシャンに大きな影響を与えたことはご存知だといます。
ならば僕達もアメリカ・ヨーロッパスタイルのコピー、サル真似から脱し、日本語に一番しっくりと合っている我国の民謡のリズムを現代に生かし、蘇らせる事は出来ないだろうか、そうすれば古典としての民謡でもなく、また単なる西洋スタイルのコピーでもない、今までになかった本当の意味でのオリジナルな歌が産み出せるのではないか??こんな事を思いついてから6年間、迷路に入り込んだように歌が書けない状態が続きました。それは何を書いても西洋のコピーにしか過ぎないのではないかという疑心暗鬼の迷路であったと思います。
民族的な伝統や文化…今まであまり意識する事のなかった事ですが、真剣に取り組む時期が来た様です。
単なるモノマネやサル真似ではない僕達のオリジナルとは何なのだろう。共に試行錯誤しながら、この問題に取り組んで来たアレンジャー平野融君のおかげもありようやく、まだまだ不十分ですが考えていた事が、ひとつの形になりました。それがA面に収められている楽曲です。平野君にはこの場を借りて、心から感謝を捧げたいと思います。
さて、このアルバムにはもうひとつのスタイル、ギターによる弾き語りが何曲か収められています。’84から開始した、ギター1本だけのコンサートツアーで200ヶ所以上の旅をし、弾き語りの良さを再確認した僕ですが、どちらのスタイルからも電気楽器を多用した今流行(はやり)の歌にはない「生身の鼓動」といったものを感じていただけるものと確信しております。
民族的な伝統や文化を見直す事…この事自体は意義ある素晴らしい事だと思うのですが、世の中にはこういった事を妙な方向に取り違えるマヌケもまた多いのです。
「民族的な伝統や文化を見直そう」「外国のモノマネはやめよう」 「民族としての誇りを持とう」「そうだ我が民族は素晴らしいのだ」「我が民族は優れているのだ」「世界一だ」「だから他民族に失礼な事をしても許されるのだ」……。
こういう連中は実のところ、民族的な伝統や文化に対して何の愛情も誇りも持ち合わせてはいないのです。自分の国の気候や風土が育てたものを大切にする人なら、当然他国の気候や風土が育てたその国の伝統や文化を愛し敬うはずではないでしょうか。
アメリカ・ヨーロッパのミュージシャンが生み出した音楽は素晴らしい、今後も僕はそれらを愛し続けるでしょう。
しかし、それが素晴らしいという事と、それをやって似合うという事は別問題だし、自分達の良さを発揮出来るスタイルは、物真似やコピーからは生まれて来ないと思うのです。
何だか大ゲサな話になってしまいましたが、歌は理屈ではなく、感じ、楽しむものです。気楽にお聞きください。
もし、このアルバムに収められている歌のリズムが心地良いと感じられるようなら、それはあなたの中に眠っている「エンヤトット」が動き始めた証拠だと思うのですが、如何でしょうか。
岡 林 信 康
(カセットテープのライナーノーツより) |
|
 |
|
 |
|
|
|
 |
|
|
コンサート会場だけで販売されていた自主制作によるベアナックル・ミュージック社製のカセットテープ。
(1987年発売)
ミュージシャン
岡林信康:ボーカル、アコースティックギター、ハーモニカ
平野 融:アコースティック&エレクトリックギター、キーボード、スルド・ジ・アウン、カウベル、ビブラスラップ、スティック・ボンゴ、フリジデイラ
中谷 望:フルート、ピッコロ、コンガ、ウッド・ブロック
吉田 豊:スルード、コンガのふち、スティック・ボンゴ |
|
|
|
浅川マキ in 掛川座 Vol.8 Final 1991
|
|
|
|
|
|
|
|
日時:1991年2月10日(日)
開場:午後6時30分/開演:7時00分
会場:掛川座(掛川市大手)
料金:前売3,000円/当日3,500円
主催:蒼生舎
後援:兵藤楽器・リキ・アビーロード・季節書房
協力:掛川座
ゲスト:渋谷 毅(ピアノ、キーボード)
セシル・モンロー(ドラムス)
コンサート前の映画上映
「歌手とプロデューサーの物語・第1章」(18分)
主演:浅川マキ、原田芳雄
1942年1月27日石川県生。1968年寺山修司と寺本幸司に見出され新宿のアンダー・グラウンド・シアター「蠍座(さそりざ)」で初のワンマン公演を三日間に渡り催行、口コミで徐々に知名度が上がる。
1969年7月1日、寺本幸司のプロデュースによる『夜が明けたら / かもめ』(EXPRESS-レーベル)で正式にレコード・デビュー。ステージを主体に音楽活動を行い、特に池袋「文芸坐ル・ピリエ」で1997年まで催行した大晦日連続定期公演は有名である。
当時の新宿文化を代表するアングラの女王と称され、時代が変化しても確固たるスタイルは変わることなく、シンガーソングライターとして作詞作曲、外国曲も「日本語詩」として自作するなど、独自の世界を作り上げた。ライヴやレコーディングのメンバーも、山下洋輔(やましたようすけ p)、坂本龍一(さかもとりゅういち kb)、つのだ☆ひろ(d)、山内テツ(やまうちてつ b)、近藤等則(こんどうとしのり tp)、本多俊之(ほんだとしゆき sax)、渋谷毅(しぶやたけし p)、川端民生(かわばたたみお b)、向井滋春(むかいしげはる tb)、セシル・モンロー(d)など、一流のミュージシャンが務めた。
2010年1月17日、名古屋で3日間ライブの最終日にホテルで倒れ、病院で死亡が確認されました。享年67歳。
文:https://www.kiokunokiroku.jp/artist/000193記憶の記録及びウイキペディアより
写真:78%掛川/東芝EMIパンフレット(撮影:市川幸雄他)より
|
|
 |
|
 |
|
 |
|
| 当時の掛川座(正面入り口) |
|
|
|
 |
|
 |
|
|
|
 |
|
|
 |
 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|