岡林信康コンサート「ベアナックルレビュー’85」
映画「飢餓海峡」
《あらすじ》 昭和二十二年九月二十日十号台風の最中、北海道岩内で質店一家三人が惨殺され、犯人は放火して姿を消した。その直後嵐となった海で、青函連絡船の惨事が起き、船客五百三十名の命が奪われた。死体収容にあたった函館警察の刑事弓坂は、引取り手のない二つの死体に疑惑を感じた。船客名簿にもないこの二死体は、どこか別の場所から流れて来たものと思えた。そして岩内警察からの事件の報告は、弓坂に確信をもたせた。 事件の三日前朝日温泉に出かけた質屋の主人は、この日網走を出所した強盗犯沼田八郎と木島忠吉それに札幌の犬飼多吉と名のる大男と同宿していた。質屋の主人が、自宅に七八万円の金を保管していたことも判明した。弓坂は、犬飼多吉の住所を歩いたが該当者は見あたらず、沼田、木島の複製写真が出来るまで死体の照合は出来なかった。 だが弓坂は漁師から面白い話を聞いた。消防団と名のる大男が、連絡船の死体をひきあげるため、船を借りていったというのだ。弓坂は、直ちに犬飼が渡ったと見られる青森県下北半島に行き、そこで船を焼いた痕跡を発見した。犬飼が上陸したことはまちがいない。 その頃、杉戸八重は貧しい家庭を支えるために芸者になっていたが、一夜を共にした犬飼は、八重に三万四千円の金を手渡し去った。八重はその恩人への感謝に、自分の切ってやった爪を肌身につけて持っていた。そんな時、八重の前に犬飼の件で弓坂が現われたが、八重は犬飼をかばって何も話さなかった。八重は借金を返済すると東京へ発った。 一方写真鑑定の結果死体は沼田、木島であり二人は、事件後逃亡中、金の奪い合いから犬飼に殺害されたと推定された。その犬飼を知っているのは八重だけだ。弓坂の労もむなしく終戦直後の混乱で女は発見出来なかった。 それから十年、八重は舞鶴で心中死体となって発見された。しかしこれは偽装殺人とみなされた。東舞鶴警察の味村刑事は女の懐中から舞鶴の澱紛工場主樽見京一郎が、刑余更生事業資金に三千万寄贈したという新聞の切り抜きを発見した。八重の父に会った味村は、十年前八重が弓坂の追求を受けたと聞き、北海道に飛んだ。樽見が犬飼であるという確証は、彼が刑余者更生に寄附したことだ。弓坂と味村は舞鶴に帰ると、樽見を責めたが、しらをきる樽見の大罪は、八重が純愛の記念に残した犬飼の爪と、三万四千円を包んだ、岩内事件の古新聞から崩れていった。 (写真・文/eiga.com/TOUEIVIDEO/パンフレットより)
映画「遠雷」
都市周辺の農村は新しい工業団地と住宅団地によって寝食され、ほんのしばらく前までは水田と栗林と雑木林だった土地が無防備のまま崩壊されつつある。『遠雷』の舞台は、現代日本の風景の典型である、都市と農村がぶつかりあう境界線上の小さな農家であり、都市化の波に自己の生存基盤をおびやかせながら、なおも「農」であり続けたいとして孤軍奮闘する青年の物語です。村はすでに解体され、かつての美田をしのぶよすがもない。そして人間の心も。そんな中で、残された土地にしがみつくようにトマト栽培を続ける青年は、「自分の場所」を失った多くの人間に反発し、意地になり、無念の想いをかみしめながら、やがて一人「自分の場所」を見つけ直し、覚悟し、ようやく新しい時代への自信と喜びを覚えるのである。 《あらすじ》 北関東の農村のビニールハウスでトマト栽培をしている青年・和田満夫。子供の頃からの親友・広次は土方をしていた。満夫が長年住み慣れた農村は田畑を埋め立てて団地が建ち並び、満夫の父・松造も先祖代々の土地を売った金で立派な家を建てた。大金を手にして女遊びを憶えた父は、家を出てバーの女・チイと同棲するようになる。兄の哲夫も百姓を嫌って東京に出て行った。残った家には満夫の仕事を手伝わずに道路工事に出かける母・トミ子と、昔の話を繰り返す祖母がいるだけである。 そんなある時、満夫に見合いの話が舞い込んでくる。あや子という相手は、まんざらでもない女だ。子供をペロリと産みそうだ。二人はその日にも、モーテルで抱き合った。父が帰って来た。世話になった人が立候補するので、選挙の手伝いをするという。母も父の浮気のことなど忘れて、調子に乗っている。 その頃、子供の時からの友人・広次が工業団地に住む人妻、カエデと駆け落ちした。カエデは満夫のビニールハウスにトマトを買いに来たこともあり、関係を結んだこともある。いらだつ満夫に、追いうちをかけるような事件が続いた。トマトが大量発生したアブラムシで全滅してしまった。そして、父も選挙違反で警察にあげられてしまった。 あや子の父の希望で、村一番の盛大な結婚式をあげている晩、広次が帰ってきた。カエデを殺してきたと言う。盛大な宴の歓声が母屋から聞こえてくる。ハウスの中で広次は告白しながら泣いた。そして「稲刈り、頼んだぜや」と言い残して自首した。 警察を出た父はそのままチイとどこかへ行ってしまった。残された満夫とあや子が腐ったトマトを燃していると不動産屋がやってきて土地を売ってくれと言う。満夫は猛烈な勢いで不動産屋を追い返した。はるか遠くで、雷が鳴っている。 (写真・文/蒼生舎/日活データベース/eiga.com/パンフレットより)
風の旅団掛川公演《六の風》「王國と覊族」
風の旅団掛川公演《六の風》「王國と覊族(ジプシー)」 日時:1985年9月29日(日) 開場:午後6時30分/開演:7時00分 会場:龍華院境内特設大テント(掛川市城内) 料金:前売1,500円/当日1,800円 主催:蒼生舎/お問い合わせ:ひょうたん島・78%編集室
《梗概》 百年の王国が権勢をふるっている帝都の中枢に、不可視の千年の王国も又存在している。近代の日本の核から分裂したかのような累々たる民の列は、帝王の死を前後して、核へと再び融合していくかに視える。 所は、そこかしこにある。容易に洗われない澱んだ運河の辺所である。自ら光を発するがために、外からは眼に映ることのない発光する街が舞台である。この都の光の源に棲む場所である。 芸能民、原発ジプシー、下層労働者、アジアの民族、バックパッカーなど〈あるき筋〉の者たちが、発光する街に散集してくる。彼らは、百年の王国の中にては〈影〉であった。そして千年の王国の中では、光源なのであった。例えば、原子爆弾の光に、石段に焼きつけられた〈影〉は〈光〉となって起ち上がってこなくてはならない。 権力の舞台の上でのエンターテインメントに投影された〈影〉の芸能は〈光〉を放ちながら、権力を照射しなければならない。 石段に焼きついた影が、孕んだ子供たちが居る。彼らは百年王国の終末期に、それぞれの出身を確かめてみる。遺伝子の脈絡を辿ってみると、不可視の千年王国は鮮やかに甦ってくるのであった。(佐藤満夫氏追悼) (写真・文/桜井大造著の書籍及びリーフレットより)