ぐるっと一周ローカル線の旅
78%KAKEGAWA Vol.75 1986年6月号掲載
のんびり気ままに初夏の旅
78%では長年温めてきた、二俣線を起点とした「ローカル線」の旅を取材すべく、5月4日(土)午前7時56分発の二俣線に乗り込んだ。これから私達は、二俣線→飯田線→中央本線→身延線→東海道本線と乗り継ぎ、一周して掛川に戻ってくる予定である。

静岡県、愛知県、長野県、山梨県への旅である。長野県の諏訪では7年に一度の御柱祭りが行われているはずである。5日に乗る中央本線と身延線は、連休最終日なので帰る人達で相当な混雑が予想される。覚悟して行かねば…。

旅と言えば、新幹線や車、あるいは飛行機と、早くて便利な乗り物を利用することが多くなってきた昨今、あえてローカル線だけの旅を企画してみた。

飛行機は乗ったことがないが、高速道路も新幹線も、窓の外の景色と言えば防音壁ばかりで実に味気ない。今回は新緑を眺めながら、一駅一駅降りたつもりで、のんびりとローカル線の旅を味わってこようと思う。そのため敢えて快速や特急列車を外し、鈍行列車のみで行くことにした。

国鉄では毎年春休みや夏休み、冬休みの入ると「青春18キップ」というのを売り出している。これは、学生が長期休暇を利用して、安い料金で旅行が出来るようにと売り出されているものだが、別に学生に限られている訳では無いので、ぜひ社会人も利用することをお勧めする。1日乗車券4枚と2日有効乗車券が1枚の計5枚組になっている。

1日乗車券で日本国中の国鉄はすべてフリーパス。ただし、このチケットは普通列車にしか乗れないので要注意。しかし、1万円で6日間利用できるのだから、絶対安い!2日間の旅なら3人、3日間の旅なら2人で利用する手もある。1日乗り続けたらどこまで行けるんだろうか?座り続ける根性さえあればかなり遠くまで行けそうだ。

二俣線掛川駅ホームには始発列車がスタンバイ。
休日なので通勤通学客はなく、早朝も静かな掛川駅。
掛川駅出発直前。乗客もまばらで空席の方が多い。
いよいよ出発、まずは二俣線から
今日はあいにくの雨で小雨がぱらついている。寝不足の目をこすりながら掛川駅のホームに立つと、ひんやりした空気が眠気をさましてくれる。列車はオレンジ色の3輛編成だ。

まずは7時56分発・豊橋行きの二俣線に乗り込む。切符は宿泊場所がある長野県の駒ヶ根駅まで購入。4,100円也。

二俣線に乗るのは、78%創刊号の「二俣線各駅停車」の特集取材以来、6年振りだ。私達が乗った車両には、掛川駅から合計8人が乗り込んだ。おじいちゃん、おばあちゃん、とお孫さんの4人連れは、二俣線で豊橋まで行くと言っていた。私達同様、二俣線の旅を楽しむつもりだろう。

連休だというのに車内は空席の方が多いくらいで、風景によっては右の席に移ったり、左の席に移ったりと自由に席を変えられる。いつも見慣れている風景も、列車に乗って見ると全く違う風景を発見して、ついつい興奮してしまう。
お孫さん達と一緒に二俣線を利用して豊橋までのんびり旅。
一駅ごとに少しずつ乗客が増えていく。
車両切り離しで28分停車
3輛編成から2輛編成にするために、遠江二俣駅で28分の停車。ここで反対側からも列車が入ってきた。28分という長い停車なので、ホームに降りて今入ってきたばかりの列車の運転席を覗くと、一カ所ガムテープで補強してあるのを見つけた。国鉄から廃線を強いられている位だから席を直す予算も削られているのだろう。

再び列車に乗り込んで、今度は窓から下を覗いたら、排水溝の中でオタマジャクシが泳いでいた。おびただしい数である。あれが全部カエルになったらさぞ賑やかであろう。それにしてもオタマジャクシを見るなんて何年ぶりだろうか。

長い停車時間を経過してようやく遠江二俣駅を出発し、西鹿島駅へと列車はゆっくりと進んで行く。西鹿島を過ぎ金指駅では「歓迎、二俣線一周の旅」という立て看板があったが、誰も歓迎してくれる様子はない、ぞっと。車内は少しづつ乗り込む乗客が増えてくるが、まだ空席が目立つ。

しかし、気賀駅で20人ぐらいが一気に乗り込みほぼ満席状態になった。その後も豊橋駅が近づくにつれ、どんどん乗り込んできて、車内はほぼ満杯。子連れの親子の姿も目立ち、初めの静けさがウソのように賑やかになった。

7時56分に掛川駅を出た二俣線は11時2分に豊橋駅に着いた。約3時間の旅である。所で、私達がローカル線一周の旅から帰ってきた翌日に、「二俣線が来年3月15日より、天竜浜名湖鉄道という名称に変わる」というニュースが流れた。慣れ親しんだ名前が消えるのは淋しい気もするが、これで二俣線の存続も決定的なものとなり、沿線住民はホッと胸をなで下ろしたのではないだろうか。
茶畑が広がる風景は長閑だ。
二俣線の一番の見所、奥浜名湖。
いねえいねえ寿司食いねえ
さぁて、これからいよいよい飯田線の旅である。終点の岡谷まで行くと7時間も乗り続けるのだが、私達は途中の駒ヶ根に宿を予約していあるので、6時間で着く予定だ(それにしても長いなぁ)。

乗り継ぎの豊橋駅では待ち時間が1時間も有るので、軽く腹ごしらえで、駅構内の天ぷらそばを食べるが、はっきり言っておいしくない。それでも一応、腹の足しにはなったので、次はお弁当を物色。

ローカル線の場合は、新幹線のように車内販売はないし、無人駅が多いので途中で買える保証がないので、長時間乗る場合は、あらかじめお弁当や飲み物を買っておいた方が良い。そこで私達は、壺屋の幕の内弁当(1,000円)と出来たてホヤホヤのウナギ弁当(800円)、ついでに缶入りの煎茶ドリンク(100円)を買い込んで飯田線に乗り込んだ。

まだ列車は発車していないのに、通り向こうの座席ではおじさんが早速お弁当を広げ始めた。助六弁当(いなり寿司と巻き寿司のセット)である。(私もあっちにすれば良かったと後悔するがもう遅い。)

このおじさん、一人で食べているのが悪いと思ったのか、隣り合わせた若者に「ひとつどうかね」と勧めている。若者は勧められるままに食べたのが運のつき。「どこまで行くのかね」に始まり、「どこの大学に行っているか」「お父さんはどんな仕事をしているか」果ては中曽根談義まで、延々と話しかけられる羽目に陥った。

「中曽根首相は立派だよ、うん。ああいう人が日本を動かしてくれりゃぁ、日本は間違いがない、うん。」と自分で言って自分で納得。若者が「だけど…」と言いかけても自分の意見を通す辺りはご立派。列車の中にはいろんな人がいる。中には不倫関係らしきカップルもいて、よく観察していると実におもしろい。
二俣線三ヶ日駅。停車時間を利用して記念撮影をするグループ。
豊橋駅。飯田線の岡谷行き列車。後ろ2輛が天竜峡行きになる。
豊橋駅の構内でまずは腹ごしらえ。
トンネルだらけの塩の道
さて、私は生まれが豊川市なので、飯田線には乗り慣れているが、あいにく湯谷駅から先は行ったことがないので今日の旅は楽しみである。

豊橋から2つめの長山駅までは、ずっと街並が続く。線路沿いに家が建ち並び、まるで東海道線の延長のようだ。ところが、長山駅を過ぎると街並も消え、ローカル色豊かになってくる。右手には豊川も見え、川の水は澄んでいてとてもきれいだ。混んでいた車内も、長篠城(ながしのじょう)駅あたりから、かなり空席が目立ってきた。

ところで飯田線はトンネルが異常に多いと聞いていた。どうせ暇だから、暇つぶしに数えていこうと予定していたので、途中で止めるわけにいかなくなって参ってしまった。

湯谷駅から始まって、出るとトンネル、出るとまたトンネルといった感じで、延々と続く。ちょっと目を離すともう次のトンネルに入る。特に水窪駅からは、殆どトンネルの中といった感じである。

途中抜けているかも知れないが、気が滅入りながらも数えたところ、30駅の間でなんと135カ所もあった。これでは飯田線の工事も大変だったろうと、昔の人たちの苦労が偲ばれる。

飯田線が開通する以前は、信州へ行くのにこの険しい山を歩いて越えて行った。相良の浜でとれた塩を、海を持たない信濃や甲斐の国に運んだ重要な道であった。そのために人々は「塩の道」と呼んだのである。何日も掛けて超えていったのだろうが、今では飯田線の開通で一日で行けるようになった。沿線住民の足としても大切な役割を果たしているはずである。
三河川合駅。
早瀬駅。切符は箱の中に入れる。
天竜峡駅。駅から徒歩3分で天竜ライン下りが楽しめるそうだ。
駅弁買って飯田線車内で昼食
三河川合駅の次の池場駅は険しい山を切り開いたのだろう。駅のホームは申し訳程度に作られていて、立て看板には「ホームの巾が狭いのでご注意下さい」とあった。

飯田線は無人駅が多く、列車がホームに着くと同時に車掌が降りて行って切符を受け取る。ところがどういう訳か早瀬駅だけは、ホームを出る時に各自で切符を箱の中に入れていくようになっている。国鉄と住民との間で信頼関係が出来上がっているようだ。

水窪駅に着いたのは午後2時半頃。掛川から6時間半掛かっている。車なら2時間ぐらいで着いてしまうのに…と考えてはいけない。今日はゆっくりのんびりのローカル線の旅である。

水窪駅を過ぎると、山はますます険しくなっていく。交替でトンネルの数を数えながら、豊橋駅で買い込んだお弁当を食べる。うなぎ弁当の方には、小さい頃に姿がよく似ていることから「山羊のふん」と言っていた納豆付き。納豆を乾燥させたものだろうか静岡では見かけない。

そして幕の内弁当には、白身魚のフライ、鯖の塩焼き、きんぴら、ウインナー、漬け物と、ごく一般的なものが彩りよく並べられている。それにしても、どちらもご飯の柔らかいのにはガックリ。昔のお弁当はご飯が固めだったので、おかずが多少まずくても、美味しく感じたものである。電車に乗って幕の内弁当を食べるのが唯一の楽しみだったが、最近はどこのお弁当でもご飯が軟らかくて、買った後で後悔してしまう。
天竜峡駅。
飯島駅。
車内で踊り出した女子高校生
南駒ヶ岳登山道入口の飯島駅。
水窪駅の次の大嵐(おおぞれ)駅で、登山姿の中年女性の集団が降りていく。相当なキャリアを積んでいるのか、格好はなかなか様になっている。

二俣線では登山姿の乗客は少なかったが、飯田線では登山者らしき人をよく見かける。これから夏から秋にかけて登山のシーズンでもある。初心者向けのコースもあるそうだから是非でかけてみるといい。

列車は天竜峡駅で、4輛編成から2両編成になる。ここで17分の待ち時間。列車から降りて駅の売店に駆け込む人もちらほら。

天竜峡は天竜奥三河国定公園に指定されており、天竜ライン下りの船乗場もある。駅の周辺には旅館やホテルが建ち並んでいて、なかなか賑やかな所である。ずっと山と川とトンネルが続く渓谷を走り続けて来たせいか、急に都会に出たような気分。

天竜峡を過ぎると、今までの風景とは一変して、トンネルは全くなくなり、右手に南アルプス(赤石山脈)、左手に中央アルプス(木曽山脈)を望みながら平地をひた走る。(この辺り一帯を伊那盆地という。)雄大な山々を両側に仰ぎながら、ひた走る飯田線の姿もまたいいものだ。

所で、飯田駅から乗り込んできた女子高生のグループには圧倒されてしまった。「田舎のババアがよお…」「おんなの便所はくせえんだよなあ、くせえ、くせえ…」その内に踊り出しちゃったりして、あっけにとられて見てると、仲間の一人が「みんな見ているからやめなよ」と言ったら周囲を指さして「見てない、見てない、どこにも視線を感じない」ときた。

上片桐駅で、一人を残して降りて行ったら、急に静かになった。降りる前に自分達の席を指さして「汚ったねえなあ」と言ったので、つられて覗き込んだら。ポッキーの箱やらジュースの空き缶や菓子袋が足の踏み場もないくらい散らかっていた…。
住民の熱い願いが込められている。
車窓からはまだ田植えの始まっていない田んぼを背景に鯉のぼりがたなびいている。
駒ヶ根駅で下車
桜も満開。
私達が降りる駒ヶ根駅には午後6時4分に着いた。駒ヶ根市は人口3万人足らずの小さな町である。観光地として成り立っているのだろうか。駅前の繁華街には人通りが少ないが、駅からタクシーで10分ぐらい行くと駒ヶ根高原にたどり着く。

こちらは、ホテルや旅館、土産物店がずっと続く。温泉場のような変にゴテゴテした雰囲気でないのも良い。今日宿泊する予定の「ホテル・スカイバレー」は、駒ヶ根高原の一番奥にある。窓からは雪をかぶった駒ヶ岳が一望に眺められ、ホテルの前には大田切川が流れている。

ここから先は、一般の乗用車が入れないので、夜は川のせせらぎの音しか聞こえないと思いきや、川のせせらぎなんてものではなく、ゴーゴーと音を立てている。そのかわり、駒ヶ岳の雪解け水なのできれいに澄んでいる。ここは宿泊料が税・サービス料込みで一人1万円は観光地にしては安い。
駒ヶ根駅。観光客は駅前広場からタクシーやバスを利用できる。
東洋一のロープウェイで駒ヶ岳へ
朝は6時に起きて散歩としゃれこむ。高原のため朝晩は冷え込むが、空気はいつもの何倍も美味しく感じる。大田切川は上流に水力発電所があるため両岸に柵が張り巡らしてあり川原には降りられないのが残念である。それにしても散歩の後の朝食は美味しい。ついご飯をおかわりしてしまった。

今日の予定は11時58分発の岡谷行きの飯田線に乗る予定であるが、往復3時間あればロープウェイで駒ヶ岳(千畳敷カール)に行けるということで、急遽ロープウェイに乗ることにした。ホテルの前から直通バスが出ているので、バス+ロープウェイの往復切符を買う。一人3,080円と結構高いと思ったけど、行ってみるとそれだけの価値は充分ある。

木曽駒ヶ岳は標高2,956mの高い山である。バスで40分位揺られてロープウェイ乗り場に着く。途中の景色もさることながら、運が良ければ鹿や猿も見ることが出来るそうである。私は残念ながら見ることは出来なかったが、車内では「あっ、鹿だ!」「猿だ!」という声が聞かれた。

バスとタクシー以外は通れないため変に観光地化されてなく、多くの自然が残されている。道にはゴミは殆ど無かったが、バスの窓から投げられたのか、ジュースの空き缶が落ちていた。不届き者の仕業であろう、本当に情けない。

ロープウェイで頂上近くの千畳敷カールに着く。雪はまだ2〜3mも残っていて、春スキーを楽しむ人や登山者で賑わっている。バスやロープウェイに頼らなければこんな高い山には登れそうにない私にとっては最高の贈り物。自然を満喫して再びローカル線の旅です。
大田切川に架かる駒ヶ根橋。奥の白い建物がホテルスカイバレー。
大田切川。低い砂防堰堤があるが、騒がしい水の流れる音、澄み切った水の色に安らぎを感じる。
大田切川から駒ヶ根橋と駒ヶ岳を望む。
ぎゅうぎゅう詰めの中央本線
今日は駒ヶ根駅から再び飯田線に乗り、中央本線、身延線、東海道線と乗り継いで、掛川に帰る。掛川までの切符代一人4,400円。

この日の飯田線は満席で座る席がない。乗ったは良いが出発までの時間が長く、直ぐ横に座ってる人が「飲み物を買ってくらあ」と言って列車から降りて改札口の外の売店に走って行った。ホームを一端出てしまうのだが、その間に発車のベルが鳴りだした。すると車掌が飛んで行って「お客さん!発車しますから早くして下さい。」と声を掛けている。「ちょっと待っててくれ!」と言って暫くしてからビニール袋を抱えて戻ってきた。その間ベルは鳴り続けているが、出発しないで待っている。こんなところもローカル線ならではである。

先ほどの男性のお陰で少し遅れて出発。飯田線の最終の辰野駅を過ぎ岡谷駅で降り、上諏訪行きの中央本線に乗り換えるが、ここで1時間の待ち時間が有ったため駅前の食堂を探す。ざっと見渡しても2軒しかない。あまりおいしそうな店ではないがその内の1軒にはいる。

上諏訪行きの中央本線に乗る。列車はかなり混んでいたが何とか座ることが出来た。ここは諏訪湖をグルっと回るのだが逆の席なので諏訪湖は見ることが出来なかった。下諏訪駅を過ぎ上諏訪駅に着く。岡谷駅から13分程度だった。

ここから甲府まで中央本線に乗っていく。待ち時間があったので、ホームをブラブラしていると、「温泉洗面所」という文字が見えた。何にでも興味を示す私達は、早速蛇口をひねってみる。熱いお湯が出て来た。(温泉だから当然だ!)諏訪市には公衆の温泉浴場をはじめ、デパートにまで温泉があったりと、至る処に温泉が引かれているという。

松本発新宿行きのアルプス56号に乗るが、最悪の状態。デッキには大きな荷物を抱えた登山客達が陣取っていて中に入ることもままならない。車掌がホームから乗客を押している姿など都会の満員電車並で、小さい子どもなどは押しつぶされそうである。

甲府までの辛抱と、じっとガマンの子であった。列車の中から道路を見ると、平日と何ら変わらぬ静けさ。こういう時「車にすればよかった…」とつい思ってしまうが、いかんいかんローカル線の旅です。
駒ヶ根の町が眼下に見える。夜は地上の星(灯)もきれいだろう。
駒ヶ岳の頂上付近はまだ雪が3mもあるのでスキーや雪山登山を楽しむ人も多い。
駒ヶ根駅から飯田線に乗る。駅で待つ乗客は登山や観光客が多い。
ローカル線らしからぬ身延線
満員電車で1時間揺られ、やっと甲府駅に着いてホッとしたのも束の間、身延線のホームに行くと既に満員。仕方なく乗り込んだものの、後からどんどん乗り込んでくる。隣のホームに入ってきた電車も同じ冨士行きになっているが出発までは1時間30分以上も有る。

早く着いた方がいいか、座っていく方がいいか思案に暮れる。出発に1時間14分も差があるとほんと迷ってしまう。発車のベルが鳴り、決断を迫られる時が来た。「エイッ!どうせ急ぐ旅ではないし!」と、あっけにとられて見ている人達を尻目にぴょんと降りてしまった。

今度は時間がたっぷり有るので、お弁当やジュース、雑誌を買いに行く。お弁当は甲陽軒の銘柄米弁当(700円)である。お米はコシヒカリを使っていると書いてあるので、混まない内に食べることにした。味は余り期待していなかったけど、食べると意外においしい。特にご飯が堅めでよろしい。おかずもまあまあの味で満足。

さて、1本遅らせて乗った夕方5時10分甲府発富士行きの身延線も、やはり満員。それでも駅に停車するごとに乗客は減っていく。

身延線は小学校4年の夏に乗って以来2度目である。身延線は大正時代から電化が決定していたので電車が走っているが、身延線へ乗り換える東海道線は、まだ蒸気機関車だった。当時でも珍しかったのではないだろうか。

生まれて初めて乗ったため何も知らず、トンネルに入っても窓を開けたままでいたら、煙がもうもうと入ってきた。2っめのトンネルでようやく窓を閉めるんだと気が付いて慌てて閉めた思い出がある。

窓の外も陽が落ちて暗くなってきた。ローカル線の旅も一日目は良かったが、今日はのんびり旅行とはいかなかった。正直言って疲れたが、それなりに楽しかった。再び駒ヶ根に旅する時があれば、行きと同じ飯田線と二俣線のコースで行くことにしよう。
中央本線上諏訪駅のホームには温泉洗面所がある。
身延線普通電車。連休最後の日なので乗客は満員だった。