高齢化社会への不安
78%KAKEGAWA Vol.74 1986年5月号掲載
老いへの不安
10代、20代の時には考えたこともなかった老後のことも、30代に入ると時々「不安」を伴って頭の中を過ぎることがある。平均寿命が年々高くなっていく中で、高齢化社会への不安がある。60才の人が80〜90才の老人の看護に追われている家庭も決して珍しくない。

そして、年金の受給が60才から65才に引き上げられた。国はいとも簡単に引き上げてくれたが、この5年間の差は大きい。しかも、全国的に財政難を理由に、福祉に対する予算は削られる一方である。生きている限り誰しもが必ず「老い」の年齢にたどり着くわけで、決して人ごとではない。

以前(1984年9月)に日坂の杉本良氏を取材させて戴いたことがあった。当時98才というご高齢であったが、記憶力はバツグン。その時も確か「記録を残しておきたいから…」と、自伝的なものを書かれておられたような気がする。

高齢のため不自由となった身体でありながらも常に身体を動かしていた。「少し待って下さいよ、資料が何処かにありましたから」と言っては、自分で取りに行く。時間は掛かるけど人に頼もうとしない。

こちらが気を遣って「場所を言ってくだされば私が取りに行きます。」と言ったら、奥さんに「身体を動かすことは本人のためですから…」と制された。私が帰るときには、急な階段を一人で降りて、わざわざ見送ってくれた。時々息子さん夫婦が訪ねて来てくれるということであったが、普段は二人っきりの生活をしている。

若い健康な身体でありながら少しでも楽をすることを考えている自分が恥ずかしくもあった。年をとっても、病気でない限り、無理をしない程度に身体を動かすことはとても大切なことである。

日本では昔から世襲が根強く、子や孫との同居が当たり前のようになっていた。ところが、昨年の経済企画庁の調査によると、老後は夫婦だけで住みたいという人が67%もいたという。この調査はあくまでも横浜市内という都市を対象に行った調査なので、掛川周辺には当てはめることは出来ない。

農村地帯ほど同居志向は根強いが、それでも徐々に変わりつつある。これからは子どもが少なくなると同時に高齢者が増えてくることを考えると、高齢者の経済的な自立が重要になってくる。

年金の受給年齢が引き上げられ、サラリーマンなら定年退職した後の生活をどうするか、まず考えてしまう。60才定年の企業が増えてきたとは言え、65才までの5年間が問題である。60才を過ぎるとなかなか働き口はない。そして、国民年金の場合も、現在の支給額を見てもとてもそれだけで生活を維持出来るとは思えない。

昔と比べると生活様式が全く変わってきているので、生活費を切り詰めてもとても追いつかない。消費社会は、生活は便利になった分、経済的な負担が重くのしかかってくる。電気やガス、車の生活に慣らされてしまった私達は、今更そういったものを切り離して生活するのは容易ではない。そう考えると老いへの不安は募るばかりである。

杉本さんご夫妻
貧しい者は最後まで働かなければ…
掛川市には5年前から「掛川市先輩市民活動センター事業」という、任意の団体が出来、60才以上の高齢者の能力を生かし、働く場を提供している。(実際には54才の男性もいて60才以上とは限らない。)会員は現在204名が登録している。

一般家庭や企業から仕事の依頼があると、板沢にある総合福祉センターの中にある事務局が、会員の能力や希望に合わせて仕事を回してくれる。当初420万円だった売り上げが、昨年度(1985年度)には3,900万円に延びた。

一般家庭からは、襖張りや雨漏りの修理、建具の修理、子守や寝たきり老人の世話、引っ越しの手伝いなど。企業からは、会社の周りの管理、現場の補充的な仕事、草取りなどの仕事の依頼が入る。中には工作台を作って欲しいとかタイル貼りなどの仕事もある。主に草取りが多いようであるが、最近は技術を必要とする専門職の仕事が増えてきたそうだ。

会員の中には、元大工さんやペンキ屋さん、左官といった職人も多く、時間は多少掛かるけど良い仕事がやって貰えるとなかなか評判は良いそうだ。専門業者に頼むと細かい仕事は嫌がってなかなか来て貰えないが、ここのセンターなら直ぐに来て貰える。出張費だ何だと余分に取られることもない。

賃金はランクがあって、手に職を持ってなくて労力だけを提供するような仕事は、時給450〜500円位で、職人は800円位。事務局で一ヶ月分をまとめて支払ってくれる。多い人少ない人の差はあるが、平均で月に3万円〜4万円位だという。

依頼する方にとっては安い賃金は魅力があるが、一方会員にとって一番の不満は賃金の問題であると言う。会員の中にはこの仕事によって生活を支えている人もいる。

事務局の山本さんは、「現在の老人で年金制度の恩恵にあずかって、余裕で生活している人は少ないですね。現実には一銭も入ってこない人がいるんです。僕は現実にはそんなことはあり得ないと思ったんですが、居るんですね。」

「本来は、こういった事業に生活の糧を求めてはいけないと定款には書いてあるんですが、現実問題として、職安に行っても仕事がない、他を探してもダメとなれば、こういった所で働くしかないでしょ。そういうことは有ってはならないんだけど、現実はどうしょうもないですね。」

「できるだけそういう方には仕事を優先しているんですけど、かわいそうなのは冬場ですね。草も生えなかったりで、仕事量が落ち込んできますから…。大変ですよ。」

「老人の方達の経験というのは、ある意味では資源だと思うんです。掛川市には60才以上の方が老人クラブに入ってるだけで6千数百人いるんです。入っていない方も含めればもっと多くの方がいるわけです。そういった方達の資源を眠らせておくのは勿体ないですからね。市民の皆さんも、もっと利用して頂ければ、お互いにいいと思うんですが…。」と言う。

掛川公園のぼんぼり取付作業。
草刈りの依頼は最も多い仕事である。
今日の仕事は引っ越しの手伝い。
小遣いが稼げるのが一番
老人も働くことによって生きる姿勢が変わってくることも事実である。山本さんは、「今までは老人クラブなどで地区単位のお付き合いだったのが、知らない人とでも知り合えるので楽しいと言って居ます。それと、小遣いが稼げるというのが一番喜ばれていますね。孫にいろいろ買ってあげることも出来るし、家の中での当人の存在感も大きい。自分も働いているんだという自覚が大きいですね。お年寄りの場合、お荷物になっているという引け目みたいなものがあって、そういう意味では、働くことによって積極的に生きているという感じがします。」

しかし、どうしても「お金」の傾向に走りがちのようで、当初は「生きがい目的」と言ってても、結局は一円でも多く欲しがるのが人間の業である。この事業を進めて行くには、会員の人達に「企業では無いんだ」という理解を得る必要があると言う。何が必要なのか、なぜこういうことをやっているのかを話し合って行きたいそうだ。

しかし、現状は事務所が僻地にあるために、会員の溜まり場とはなり得ない。仕事に出掛ける前に寄ってもらったり、仕事が終わったら気軽に寄ってもらえるような場所に事務所を移すのが山本さんの願いでもある。

さて、先輩市民活動センターも、今後は労働庁でやっている「シルバー人材センター」という事業設立に向かって進んでいる。補助金がグ〜ンと増えるからだ。現在一人だけで行っている事務局のスタッフが増えれば、それだけ目配りも出来、会員達の要望にも応えられるようになる。この事業は1987年を目標にしているという。
樹木の選定作業。
元大工さんもいて大工工事はお手のもの。
仕事も会員も募集中!
この仕事に入って2年になるある人は「朝起きて目標があるということは、毎日の生活に張り合いがある。」と言う。働くことがすべてではないが、働けるときに働いて、余暇を利用して遊ぶのも一つの生き方である。

先輩市民活動センターは、仕事の選択も自由だし、イヤだと思えばいつでも断れる。身体の調子の悪いときや働きたくない時もあるわけで、そんな時は事務所に連絡すれば、次の代わりの人を探してくれる。何よりも束縛されないし、依頼者に対する要求や苦情はすべて事務局が行ってくれるのがいい。

現在はさばききれない程の仕事が入っているという。204名の会員とはいえ、実際に活動してくれた人は昨年度は152名だった。働けなくなってきた人がいたりして、会員も減っていくので、新しい会員がどんどん入って来て欲しいという。専門職の会員が入ってくれるとなお嬉しいそうだ。


老人のための福祉施設ききょう荘
現在、掛川市内には老人のための福祉施設は、水垂に養護老人ホーム「ききょう荘」と、大池に昨年オープンしたばかりの特別養護老人ホーム「かけがわ苑」があり、両方とも定員は50名である。

掛川にあるから掛川市内の老人だけが入居している訳では無く、県の西部地区ある老人ホームは西部地区に住んでいる人が利用できるようになっている。掛川が一杯でも他に空いている老人ホームがあればそこに入居できる。

かけがわ苑は、常時介護を必要とする老人を対象としているので、家庭で介護が受けられないお年寄りに限られている。ききょう荘は、身体上、環境上、経済的理由などにより、家庭で養護を受けることが困難なお年寄り、という条件がある。

ききょう荘の場合、一人当たりの生活費と維持費で月平均12万円位かかるというが、その負担金は所得に応じて掛かってくる。老齢年金をもらっている人で月に1,500円〜6万円の負担金がかかる。年老齢金の支給額が低くても1,500円の負担金で済めば助かる。

もちろん食事も出て、おやつも出る。ホームの中には診療所の設備も有り、依託医師と看護婦が各1名常駐していて、市民病院とは厳密な連絡をとっているので、持病や急な病気に対しても安心感がある。


一見、ホテル風の養護老人ホーム「ききょう荘」
自然に恵まれた静かな環境
水垂の養護老人ホームききょう荘に行くのに、職業訓練校跡の所から入って行ったら、随分山の中にあるもんだと驚いてしまった。バイパスの上を通り越すと道路は未舗装で、辺りには民家もない。これではまるで世間から隔離されているようだと憤慨しながら車を走らせた。ところが、ここは大多郎団地の直ぐ近くで、逆の方から降りると直ぐ下が住宅街であった。実はこちらが正式な入口だった。

住宅街からほんの少し入っただけで、こんなにも素晴らしい環境が残っている。車は通らないし、自然に囲まれた静かな場所に「ききょう荘」があった。余生を送るには最高の場所と言える。(特に都市で生活していた人達は、年老いたら緑のある所で生活したいと希望する人も多いと言う。)

日課で行われている歩け歩け運動も、交通を気にしなくて歩けるし、春になれば野の花が咲き、山菜採りも楽しめる。折しもその日はゲートボール場の周りの桜が満開であった。

5年前に立て替えられた施設の建物は、一見ホテル風。中に入ると掃除が行き届いていてチリ一つ落ちていない。室内も明るく、老人ホームという暗さを感じさせないので、なぜかホッとした。

現在女性29名、男性20名の計49名がききょう荘に入居している。8畳ほどの部屋に4名が起居している。ちょっと狭い気もするが、広い集会場や食堂があるので、寝起きするだけの部屋としてなら充分だろう。実際は間仕切りをして2人部屋用になっているのだが、設置基準というのがあって4人部屋にすることによって8割の支払いで済む。最高額の人でも4万8千円ということになる。お年寄りの負担を少なくするように配慮してくれているのである。

ききょう荘には一番長い人で、23年位入居している人が居て、90才以上の高齢者も2名いる。入居してくるのは一人暮らしの老人ばかりではなく、家族との折り合いが悪いという生活環境上の理由で入居してくる人の方が多いそうである。


ききょう荘の中にはゲートボール場もある。
至れり尽くせりのサービス
ききょう荘の荘長の立石さんは、「年齢が高くなればなる程、環境に順応していく面が弱いですね。60才代の人は直ぐに順応できるのに、84才の方はホームシックにかかったと言ってます。こちらでは老人ホームというより、ホテルの感覚で運営しています。例えば施設長がホテルの支配人というように…。行政でやっているとどうしても細かい配慮に欠けますから、そういう感覚でやっていかないと、これからの老人ホームは行政では扱っていけないと思いますよ。お年寄りが帰ってきたら『お帰りなさいませ』と“ませ”までつけて言いたいですね。」と言う。

68才になるSさんは、家庭の事情で昨年の11月に入居してきた。

「私は何も辛いことはないですよ。最初ここの事を聞いたときは、正直言って話半分位と思って、どういうことがあっても置いてもらわなきゃいかん、と覚悟してきたんですけど、想像以上に良かったもんですから。一日も辛いと思った事はありません。本当に荘長さん始め、職員の方々がよくして下さるんです。頭の下がる思いがします。」

「家族はたまに用件があるときだけ来ます。私自身は自宅の方へは一度も帰っていないです。経済的にも不自由はないですね。私はもう、家に居たときよりもずっといいです。他の人も『至れり尽くせりで幸福だ』って言ってます。」

「病気でもすれば看護婦さんがすぐ来て、熱を測って下さって食事も運んでくれますからね。どういう世が来ても、ここに居れば安心という気があります。一生ここで暮らします。他へ行って苦労の種のある所に首を突っ込みたくないです。」と、Sさんは家族と別れてきた辛さを微塵にも見せようとはしなかった
食堂は広く明るい。バルコニーからは四季の自然が眺められる。
福祉予算の削減なんてとんでもない!
しかし、至れり尽くせりの生活も、老人にとっては決してプラスばかりとは言えない。老人にとっては身体や頭を使いながら手指を動かすことは大切なことである。

以前は作業所があって、そこで簡単な仕事をやっていたが、建物が老朽化したために取り壊してしまった。全く止めてしまったわけではなく、集会室を利用してそこで簡単な作業をしているという。2度目に訪れたときには、入居者が集まり封緘作業をしていた。

現在ききょう荘では、教養や文化を身につけるために、生花や書道、大正琴、ペン習字、手芸などの指導も行われている。その中でも大正琴は特に熱心で、昨年の12月には、特別養護老人ホームのかけがわ苑に慰問に行ってきたという。

「老人がおんぶにだっこに松葉杖で、至れり尽くせりの環境の中に置かれているので、それではいけないと思って、みんなで話し合ったんです。自分達の持っている力で何か社会に貢献できる事はないか、お返しできる事はないかと考えて、慰問させていただいたんです。それによって、自分達もやれば出来るんだという自信が、多少は持てたと思います。」と、立石さん。

今までは、車で言うと片方の車輪がないという感じだったのが、特別養護老人ホームのかけがわ苑が出来たことによって、老人福祉がより充実してきたと立石さんは言う。さらに欲を言えば、老人病院や有料の老人ホームも欲しいところである。

しかし、年をとったらすべての人が老人ホームに入居することを希望しているわけではない。すべての老人を収容出来る訳でもないし、入りたくない人も当然いる。掛川には昨年の9月1日現在一人暮らしの高齢者が186人だった。この数字は年々増加してくるはずである。

こういった人達も安心して暮らしていける社会にならなければならない訳で、福祉予算の削減など、もってのほかである。。老人医療費無料制度も、少しずつ有料化の方向に進んでいる。月に400円位の負担ならと安心していると、とんでもないことになる。

初診料や入院費の値上げはもちろんのこと、5%負担の検討も始めているという。やがては5%が10%に、10%が20%になり…と、留まるところをしらない現在の政策には呆れるばかりである。

福祉国家というのは、全国民の最低生活の保証と物的福祉の増大を図ることを目的とした経済体制のことを言う。しかし、日本は福祉国家からどんどん遠ざかっている。

ホールから一段上がった畳の集会室で、指導員と一緒に簡単な手作業を行うこともある。