現代人の倦怠感
78%KAKEGAWA Vol.65 1985年8月号掲載
舞い込んできた手紙
今私は16才ですが、すごくつかれています。
なぁ〜にもやりたくなくて、一日中家の中で寝ていたい気分です。
今どうしようか、これからどうしようとか考えても何もうかびません。
やたらと頭にきて、ムカムカしています。
この欲求不満をどうしたらいいかわかりません。
自殺も考えたけど死ぬのがこわくてできません。
お酒を飲んでもダメだし、シンナーやってもダメだし…。
今の私は、はっきり言ってボロボロです。
ただ、わかるのは遠いところへ行きたいって言うことだけです。
                     (不良少女より)



編集室にこの内容の手紙が舞い込んできたのは、7月号の最後の編集で忙しい時でした。
無気力感…。浅いか深いかの違いはあるにせよ、誰にでも生きている間に何度か経験することです。特に最近は、学校や家庭の教育が成績だけを重視していることから、子ども達にロマンや冒険心がわき起こらない。そういったものからシャットアウトされているからである。

勉強に取り残された者や、勉強から解放された者は、何をやっていいのか戸惑ってしまう。イライラするから暴力を振るい、シンナーを吸い、暴走族に走る。それでも満たされないから無気力感に襲われる。

実際にはそんなもので満たされるわけがないのだけれど、親も教師も「そういうことをやってはいけない」と言うだけで、どうすれば満たされるのかをちっとも教えてくれない。

編集室にやってくる人の中にも、生き方について悩んでいる人は決して少なくない。自分で何をやりたいのかが全くわからないのである。悶々とした日々を送っているのだけれど、ちっとも解決の道は拓かれないで、結局はズルズルと無駄に時を過ごしていってしまう。この人は生き生きしているなという人が少ないんです。そこで今月は6人の若者に集まってもらい、それぞれの生き方や考え方を語ってもらった。すべての若者の意見ではないが、若者のその一端を覗くことは出来ると思う。
手紙を読んでどんな風に感じました?
倉嶋:僕もやるこんがなくて家でゴロゴロしてるけんが、そこまで追いつめられたことはない。

石原:誰もがみんな多かれ少なかれ持っているんじゃないかなあ。僕の場合は楽しいことを探して歩いているから、特別そういうことはないけど…。

山口:一時的に誰でもそういう風に感じることがあるんじゃないですか。でもそれは、すぐ直るんじゃないのかなあ。

菅沼:そうね、その内直れるるんじゃないの。

伊藤:若いなあって思いました。

渥美:目的がないからよね。私だって有りましたよ、高校の時は…。

伊藤:みんなでどこかへ出掛けたえいするとおもしろいよ。何でも話し合える友だちがいれば、そんな風にならないんじゃない。

78%:みんなは何か、目標みたいなものを持っている?

石原:僕自身やりたいなと思っているというか、やってて楽しいと思うのは、楽器をいじくっていることも面白いし、あと、自分自身の目標っていうのは、お金持ちになること。(全員笑う)

78%:お金がすべて?

石原:いや、お金が全てとは思わないけど、ついてくるのはお金だからね。まあねえ、人並みより上にいきたいというか…。あの人より僕の方がましだとか…、そういう風に思っていたいというのがあるけど。それが必ずしもお金の面だけじゃなくて…、僕は毎日楽しいけどね。他人が仕事だけとか、帰って寝るだけじゃ可哀想だなと思うことで、優越感に浸っていられる。アハハ…。(全員爆笑)


倉嶋宗宣さん(21才)会社員
「結局、無気力なら何をやってもおもしろくないんじゃない。」と、意外に冷めた目で見ている。倉嶋さんの性格は、時と場合によってコロコロ変わる。気が短いところだけは一貫していた(?)が、それも最近は長くなりつつある。
お金以外に目標はないの?
石原:同じような趣味を持った人を探すこと。

倉嶋:う〜ん、目標はない。ただ呆然と生活しているだけ。

78%:それで楽しい?

倉嶋:楽しくないね。日曜なんかも知らんでいる間に過ぎちゃったという感じで…。ただ、車があるもんで暇になるとドライブに出掛ける程度。

78%:これからの一生、それで持つの?

倉嶋:持たない。

伊藤:持たないだって。おもしろい!

78%:他の人はどうですか?例えば友だちがいたとしても、結婚したりしてお互い離れていった時に、心の拠り所がなくなっちゃうわけでしょ。

伊藤:他の人が結婚したら、焦るだけ。アハハ…。

78%:女の人は結婚することしか頭にないのかな?

伊藤:自分に取り柄があればそれを生かそうとするだろうけど、何も無ければ玉の輿にのるしかない。アハハ…。

山口:結婚しなきゃいけないとは思うけど、まだ全然考えてないね。

渥美:結婚は別に…。できそうもないから諦めている。私は自分でやりたいこともあるから…。

78%:やりたいことって何かお店出すとか、そういうこと?

渥美:そうです。自分の仕事を生かして。

78%:無気力感に襲われたことは大部分の人が経験していると思うんだけど、それは何でかな?

伊藤:やはりマンネリ化しているからじゃないの。毎日やっていることが同じで、あれやってこれやってと言われてお昼になって、また仕事して…。

78%:それは、みんなが仕事以外に(人生の)目標とか生きがいを持っていないからじゃないの?

伊藤:そりゃあ誰だって、仕事しなくてもお金がどっっから入ってくればいいけどさあ…。

78%:働くことが目標とか生きがいじゃないでしょ?

山口:だけど、働かなきゃお金にならないしねえ。やったことが返って来るていうこともあるし…。人と接することによって得られる部分ってあるんだけど、私の場合は(事務職)全然そういうことがないので、面白くないなあと思うこともあるけど、やっぱり(仕事を)やらなきゃしょうがないなあと思っている。

菅沼:仕事してて、やっぱり面白いとき有りますよ。お客さんに「勧めてくれたのがいいね」って言われたりした時…。

石原:歌が好きだから、週1回の休みはある所で歌ってるんだけど、歌さえ歌っていれば楽しいですね。うっかりしていると人が居るのを知らないで、一人で歌ってるもんだから、時々気狂いかバカ扱いされることがあるんだけど…「バカじゃないか」って思われたりして…。でも、ついつい没頭しちゃう。例えば、赤信号で待っているとイライラするけど、彼女が隣に居れば赤信号でも満たされた気分(笑いがドッと起きる)になるでしょ。それと同じ様に満たされたものが有れば、気狂い扱いされてもたのしいんですよね。

倉嶋:今は目標も生きがいもないけど、いずれ出て来ると思ってる。それまではジワジワとのらりくらりとやっている。

渥美:私はすべてファッションにつながってしまう。結局は仕事に通じちゃうんだけど、ファッションだけに目を向けていれば満足。

菅沼:サンデーとかマガジン読むこと。アハハ…。でも別に暇つぶしだから、なければなくてもいい。

78%:他に趣味は何にも無いの?

伊藤:(菅沼さんに)放浪癖があるじゃん!

菅沼:あれはただ、夜中に急にアイスクリームを食べたくなって、友だちに電話掛けて、今からパフェを食べに行くかって、それだけのことじゃん。

倉嶋:今も昔も、本当に趣味って何も無いね、時々野球やるぐらい…。

伊藤:無芸大食だったりして…アハハ。
菅沼幸子さん(20才)販売員
「いやなことはいっぱいあるけど、寝ちゃうと直っちゃう。」という、とってもいい性格。「何にも考えないというか、殆どいいかげんな性格です。」と、ますます良い性格?!
山口晴美さん(20才)事務員
「やけ酒なんて飲んでも次の日の事を考えるとね…。その時だけだから…。」欲求不満の解決方法は、友だちと会って喋ること。み〜んな発散されてしまいます。
伊藤京子さん(21才)事務員
「常識とか隣近所の目をすぐ気にしてしまうから、何もできない」そのかわり、誰とでもすぐに友だちになれるという特技を持っています。名前が掛川出身の声楽家と同じですが、たぶん縁も所縁もないと思います。
若者に限らず、今は中年男性も自殺者が年々増えているそうです。戦後の一番大変な時代にがむしゃらに働き続けてきたお父さん達ですが、いつの間にか窓際に追いやられ、気が付いたら自分は会社にとって必要の無い人間になっていたり、進歩しすぎた社会について行けなくて、改めて家族を見廻せば、家庭を顧みなかったつけで、自分の居場所がなかったりといった原因であるらしい。ロマンを追いかけることすら出来なかった年代の人達がそこにいる。

ところが今は、やろうと思えばある程度のことなら出来る可能性のある時代に生きていながら、それでもロマン(理想的な夢や憧れ)を追い続ける人は少ない。それどころか、自分のやりたいことさえわからない人も多い。

夢は?と聞けば「自立して自分の店(或いは会社)を持つ事」。結婚している人なら「家を建てること」。そんな答えしか返ってこない。働いたお金は、車やビデオ、洋服などを買って消えてしまう。中流意識を満足させるためにだけ働いているとしたら、何と虚しいことだろうか。

「これが男のロマンだ」と口にする人には滅多にお目に掛からないし、冒険もロマンだとしたら、女優の和泉雅子さんの様に、借金をしてまでも北極点の到達を成し遂げようとしたそういうロマンを持った人があまりにも少なさ過ぎる。

生きると言うことは死ぬことより数倍も大変だけど、それなりに楽しいこともある。どんな小さな事でも良いし、実現できないような大きなことでもいい。いつも心にロマンを持っていたい。無気力に「ただ生きているだけ」の人生ほどつまらないものは無い。
自分の命を絶つということ…
78%:みんなの周りで自殺した人とか、自殺未遂した人って居る?

渥美:頭がカラッポだもんで、そこまで考えているひとなんかいないね。

石原:自殺未遂を3回もやったっていう人がいて、結局やる前に周りにほのめかしている。そいでみんなに心配させて探してもらって助かっている。そうすると、周りでチヤホヤしてくれるもんで…。

78%:人の注意を惹きたくてやってたっていうこと?

石原:そうそう。

伊藤:おもしろい人。

石原:好きな娘が居て、手紙を出したりなんかしてて、「もう僕のことは誰も心配してくれない」とか「遠くへ行きたい」とか手紙を出すわけ。相手の子も可哀想になって返事を出したりなんかするんだけど、最後に「つき合っている人がいるから…」と告白すると「僕は遠くに行って死にます」とか言って…。

伊藤:テレビドラマの見過ぎじゃないの?!

石原:そいで、親の方へ心当たりがあるか聞くと、あるんだよね。そいでそこへ行ってみると、やっぱりいるんだよね。

78%:3回とも恋愛がらみ?

石原:そうです、恋愛がらみ…。失恋がらみですね。

78%:だけど好きな人がいるってことで人生がバラ色になったりする?

石原:誰か好きになったりするって、やっぱり楽しいんじゃないの。

渥美:そりゃあね。

78%:倉嶋君なんかそういう経験ある?

倉嶋:ないない、全く無い。

石原良彦さん(21才)家事手伝い
いつも楽しいことを探し回って居る。人からは冷たい人間と思われているようだが、あまりくよくよしないし、所かまわず一人で大声を出して歌う、陽性人間!?
恋愛、友だち、お金、自由…
78%:でも好きだなって思う様な人は居たでしょ?

倉嶋:まあ、いましたけどね。

78%:バラ色の人生だった、それとも苦しい日々だった?

倉嶋:別にかわらなかったですね。

78%:渥美さんなんか恋愛経験が豊富って感じるけど?

渥美:この人だけしか見えないって時もありました。私の場合は「夢」を見ちゃうもんだから…。ああして、こうしてとかって。そういう時は楽しいって言うか、人生が明るくなるってことはあります。

78%:好きな人がいれば、それが生きがいになっちゃう?

渥美:そう言う人もいるけどね。

石原:でも、それも可哀想じゃない。好きな人だけっていうのも…。

78%:じゃあ、自分にとって一番大切なものって何?

伊藤:やっぱり私は友だちだと思う。いずれは違う道へ行っちゃうと思うけど、仕事があって友だちがいなければ、家へ帰ってボーッとしてるだけではおかしくなっちゃう。やっぱり、次の日仕事があるから、帰ってきたら「ちょっと出掛けなきゃいかんな」とか言って、友だちと遊びに出かけるのが楽しい。

78%:でも、それだけじゃあ行き詰まっちゃうでしょ?

伊藤:う〜ん、それもあるかもしれん。

78%:ところで、みんなはお金に対する欲ってある?

伊藤:ないって思いたいけど、実際何をやるにもお金だもんで、そういう世の中だもんで仕方がない。

78%:お金は何の為に必要なわけ?例えば1万円しかなければ1万円の中で遣り繰りするだろうし、10万円あれば10万円使っちゃうだろうし、別になければ済むんだけど、それ以上の物を欲しがるからお金が要るようになるんじゃないの?

山口:でも、欲しくなるんだよね。

伊藤:でも、なけりゃ無いなりに生活は出来るよね。

78%:お金を取るか自由を取るかって言われたら、どっち取る?

全員:両方!

渥美:やっぱり自由も欲しいけど、お金も欲しい。

倉嶋:今はお金だね。買いたい物もあるし、やりたいこともあるから、今はお金が欲しい。多少仕事がきつくても、お金が良ければガマンが出来る。先に行ってどうなるかわからないけど…。ビデオ買いたい。どうしても欲しいんだよね。

78%:石原君は家を継ぐんですか?

石原:そうです。だから、やった分だけ跳ね返ってきますから、一日休めばお客さん来ないから収入も減る。自分で伸ばそうと思えば、限界はあるけど出来るし、ここんとこずっと朝3時に起きてやってるんですけど、大して苦にならない。
渥美伸子さん(21才)販売員
「調子が良く、何かやっていないと気が済まない性格で、一人でもいろんな事にチャレンジしていくが、結局は最後に誰かに頼ってしまう。」と自己分析。将来は自立してお店を持つ事を夢見ています。


東京小金井市の青少年問題協議会が「子どもの金銭モラル」について調査した記事が朝日新聞に掲載されていた。それによると小学生、中学生ともに「一番ほしいものはお金」と答え、特に中学生の金銭への執着は強いと書いてあった。

「中学生が利子を付けてお金を貸し借りし、大学生は授業やコンパよりもアルバイトを優先させる時代。子は親の鏡というが、『この世で一番大切なのはお金』の風潮がデータにもはっきり出ている。親の側にも愛情表現を金や高価な物で示そうとする傾向が目立つが、逆に親子のきずなを薄めていることに留意してほしい。」という、東京学芸大の小川博久助教授の言葉が結んであった。

今回の座談会でも、やっぱり自由よりもお金を重要視している。まさにカネ至上主義の風潮がはびこっているといった感じを受けた。ここに登場した6人の若者に限らず、社会全体が「カネ」「カネ」なのである。6人の若者が自由よりお金と答えたのは至極当然のことなのである。こういった社会では、豊田商事事件のような悪徳商法は、これからも益々蔓延って行くだろう。楽をしてお金を儲けることは殆どの人が望んでいるからだ。

確かに社会と関わりを持っている以上、お金はなくてはならないものだし、お金さえ有れば先の若者ではないが車でもビデオでもあらゆる物が買える。お金の持つ魅力に取り憑かれてしまったとしても仕方が無い。

だけど、やっぱりお金だけじゃないと言うことも忘れないでいただきたい。「お金なんて無くてもなんとかなるさ」という気持ちを持てば、案外気が楽になるものである。少なければそれなりに生活していけばいいわけで、何も難しいことではない。見栄と中流意識を捨てれば良いのです。

あとがき
欲しいものが手に入った時のあの喜びは、10年前、20年前のほうがずっと大きかった。たとえ小さな物でも大きな喜びを得ることが出来た。ところが今はどうだろう。子どもでさえも何万円もするおもちゃを与えられても直ぐに飽きてしまう。ボーリング、テニス、サーフィンと目まぐるしく変わる趣味を追いかけても直ぐに熱は冷めてしまう。流行が多様化し、趣味が目まぐるしく変わるのは、ただ単に情報社会に流されていただけで、本当に自分が求めているものでなかったからだろう。熱が冷めれば次にやってくるのは倦怠感だけである。都会では若者のビンボー志向が強まっているという。「豊かさなんてもう飽きた」と、自らをビンボー人と称し、それを楽しんでいる。物のない時代に生きてきた人々には考えられないことだと思う。それも倦怠感から逃れる手段だとしたら何と悲しいことか。これからは自分が何をやりたいのか、「夢」でもいいから何が出来るのかを考える必要がある。