芋掘りの秋、只今真っ最中!
78%KAKEGAWA Vol.67 1985年10月号掲載
世の中で一番旨いもの!?
読書の秋です。スポーツの秋です。祭りの秋です。食欲の秋です。山芋の秋です。(秋は忙しいですねぇ)今月は山芋特集です。

どう言うわけか、静岡県人、特に掛川周辺の市町村には、とろろ汁の好きな人がやたらと多いように感じる。秋になると「山芋パーティをやる」という話しも良く耳にする。私の周りにも「とろろ汁」というと目の色を変える人が大勢いる。

部落の忘年会に「芋汁会」を開く所もあるようだし、森町では11月のお祭りに芋汁を食べる家がたくさんあると言う。好きな人に言わせると、「麦ご飯にとろろ汁をかけて食べれば、こたえさらん」とか、「この世でこんなに旨いものはない」という表現になる。

乱獲で希少なものになってきた

ところがこの山芋いわゆる自然薯と呼ばれているものは、最近では「芋の数より人の数」と言われるくらい、年々堀りに行く人が増えてきた。本来なら5年位成長させておけば、種が落ちて増えていくし、芋も大きくなる。しかし、それを待ちきれないで1〜2年物の小さい山芋までごっそり取ってしまうので、種が絶えてしまうのではないかと危惧する人も居る。



小さく白く見える房が山芋の花から出来た種。(倉真のパイプ栽培畑にて)
山芋パーティ真っ盛り
さてさて、芋の数よりにんげんの数の方が多いと言われるほどのこのフィーバーぶりは一体どうしたことか。

倉真で山芋掘りを30年以上も行っているというベテランの児玉茂夫さんは、「小さい頃もよく食べたけど、あんまり美味しい物だとは思わなかった。だけど、最近は魚類なんかも豊富になってきたし、味付けも良くなってきて、美味しいと思うようになってきましたね。」と言うように、出汁に新鮮な鯖を使い、美味しい刺身と一緒に食べたりと、味や調理方法の変化も大きな要因となっているのではないだろうか。

若者の間で「山芋パーティ」なるものが開かれるようになったのは、ここ10〜20年位の間ではないだろうか。味もさることながら、山に芋を堀りに行ったり皆でワイワイ騒ぎながら調理することが一連のレクレーションだと感じる。山芋と刺身があれば酒の肴にもなり、とろろ汁と麦飯で腹も満たされるという辺りが受けているのだろう。

3年程前に高校生3人が、今日掘ったばかりの山芋とすり鉢を抱えて編集室にやってきて、そのまま山芋パーティになったことがあった。量が多かったので、芋汁で残った山芋は刻んで海苔を巻いて油で揚げたりと、編集室の中はてんやわんやの大騒ぎ。油で揚げるのは高校生から伝授してもらった。こういう時の高校生の表情はまことに明るく、用事を言いつけられても甲斐甲斐しく動き回る。大人は酒類はやめてジュースで乾杯。ご飯はたちまち底をついて、また炊いた。高校生達はこういうことはよくやっているらしく、かなり手慣れていた。

中村正行さん、高須雅巳さん、袴田武雄さんの3人も、2年前から家族ぐるみで芋汁会を開いている。今年はどうするかはまだ決まっていないそうだが、飲みに行くよりも、お互い家族ぐるみで出来ることをやろうというのがきっかけで始まった。たまたま話がでたのが秋だったということもあって、芋汁会を開くようになった。

とろろ汁は全員大好物。交替で各人の家を提供し、調理はみんなで行う。しかし、3人共仕事の都合で芋を堀りに行けないので、中村さんが近所の人に頼んで掘ってきて貰った物を買うという。小学校2年生の女の子は茶碗は小さかったが7杯も食べたそうである。とろろ汁というのはつるつると胃の中に入ってしまい、いつの間にか茶碗は空っぽ。1杯や2杯では食べた気がしないんでしょうね。

さて、山芋は一般的にヤマイモと呼ばれているが、正式にはヤマノイモ・自然薯(じねんじょ)と言います。つる性の多年草、草の一種なんですね。日本特産種で、本州、四国、九州に分布し、山野に自生しているそうだから、北海道を除けば日本中至るところの山にあるわけである。

しかし、静岡県の県外に一歩出ると、山芋は食べるが、とろろ汁は知らないという人も結構多いらしい。県外でとろろ汁がどういう物かを説明するのに苦労すると言う話しも良く聞く。


マナーが悪いのが気がかり
倉真に住む児玉茂夫さんは山芋掘り30年というベテランだが、山芋掘りにあたって、これだけは守ってもらいたいというマナーがある。

「山芋は10年位経った木の根に出来ることが多いんです。山の持ち主が精魂込めて木を植えたところに入り込んで、木の根を伐ってしまったり、穴を掘ってそのまま帰ってきてしまう人もいるんですが、山の持ち主がその後で落ちて足の骨を折ったりすることが時々あるんですよ。マナーとして木は伐らない、掘った後は必ず埋め戻す。これだけは徹底してほしいですね。」

自分の家の山以外は、私有林にしろ国有林にしろ、他の人の山なのだから、せめて自然へのマナーだけは守りましょう。

倉真の児玉茂夫さんは山芋掘りのベテラン。2ヶ月間毎日芋掘りに山へ出かけて行くことも多かったそうです。山芋を戴いたから言うわけではないけれど、とてもいい方です。
弁当持参で30年
児玉さんは根っから山芋掘りが好きで、時期がやって来るとせっせと山に通う。今年から勤めに出るようになったので、毎日は行けなくなってしまったが、それまでは山芋堀り専用の道具と奥さんが作ってくれた愛妻弁当を携えて、11月と12月は毎日せっせと通い、多い年には2ヶ月間で500キロもの収穫を得たこともあったという。

「朝起きると弁当が用意さてれるもんで、行かにゃあしょうがない」と笑っていたが、結構本人もその気でいたようだ。1日の最高収穫量は16キロ、山芋が約30本。大きさでは1本が約4キロ。4キロの山芋はビール瓶ぐらいの太さで、長さは1メートル近かったという。この1本でとろろ汁なら20〜30人前はできるという。

児玉さんが山芋掘りに必ず持っていくものは写真の3点と草刈り用の鎌である。鍬とつるはしの両方がついた道具(バチヅル)で穴を掘り、先の尖った鍬(くわ)のような道具で山芋をキズ付けないように周りの土を落としていく。山芋が途中で折れてしまわないように掘るには、芋がどの様に土の中に伸びているかを見抜く長年の勘と道具の使い方がものをいうようだ。

掘った山芋は、藁で編んだ苞(つと)という籠に入れる。本来この籠は植林の時に木の苗を入れて運ぶものであるそうだ。これだけだと弱いので、この苞に布袋をかぶせ、リュックのように背負っていく。もちろんこの苞は児玉さんの手作りだ。

12月に入って寒くなると貯蔵がきくようになるので、芋の長さに合わせて穴を掘り土の中に埋めておく。藁に包んで埋めても良いそうだ。こうすると2〜3ヶ月は大丈夫。山芋の場合、余り長く埋めておくと、溶けて皮だけになってしまうので気をつけてください。ここで一句「いつまでも あると思うな 埋めた芋」。





苞(つと)は手作りで本来は植林の時の苗入れに使うもの。
ご馳走と手っ取り早さの違い…
児玉さんが住んでいる倉真地区では、部落の忘年会を芋汁会で済ませることもあるという。回り番でその年の役員(組長)のお宅が宴会場になる。もちろん山芋は皆で取ってきて、調理も皆で行う。

昔は道路が今のように舗装されていなかったために、道普請(みちぶしん)という共同作業があった。各家から1名ずつ出て鍬で道路を補修するわけだが、これが午前中で終了してしまうため、午後からは皆で山芋掘りが始まる。それを持ち寄って皆で食べるのが恒例だったという。

最近では勤め人も多く、全員が集まる機会も少なくなり、忘年会は村民の数少ないコミュニケーションの場となっている。倉真地区のとろろ汁は、みそ汁に鯖を入れた汁を使うのが一般的で、鯖を好まない家は鯖の替わりに椎茸を使うところもある。

掛川周辺の市町村は、とろろ汁に鯖を入れるのが特長のようだ。鯖を取りだしてその出汁だけを使う家もあるが、鯖もすり込んでしまう家も多い。さっぱりした味を好む家は、椎茸を使ったり、煮干しや鰹節を出汁に使う。中には鯖の味噌煮の缶詰で代用している家もあったりして調理方法はさまざまである。共通点はどの家も味噌味で醤油味はない。味噌と山芋は相性が良いのだろうか。

本物の山芋といえば、年に数回食べられるか食べられないかの人にとってはご馳走である。ところが、時期が来ればいつでも食べられる児玉さんのお宅では、「一番手っ取り早くて、他におかずもいらないし、簡単に済んじゃう」から食べるのだそうです。栄養価が高く食物繊維も豊富な山芋がふんだんに食べられるのは羨ましい限りですね。
バチヅル
芋掘り専用の先の細い鍬
パイプ栽培している山芋畑。ここには1,000本の山芋(自然薯)があり、10月下旬から少しずつ市場に出荷される。
需要が増えてパイプ栽培
山芋はどちらかというと、あまり手を入れていない山に自生するが、ある程度年数が経ってくるとそこは絶えてしまうそうである。最近では木材の需要が少なく伐採しなくなったので植林もなくなった。樹齢10年位の木の根によく出来るという山芋の繁殖率も少なくなり、量も減っているという。

近年、需要が増え自然の山芋だけでは追いつかなくなったために、倉真地区では10数軒が集まって、山芋の栽培に乗り出した。

自然の山芋の種で作るパイプ栽培なので、味は殆ど変わらないと言う。かえってクセがないというか、自然の物に比べてアクが強くなくさらっとした味のため、こちらの方が好きだと言う人も多い。

栽培した山芋のほとんどは倉真の農協に卸している。農協から割り当てで、今日は何キロ掘ってくださいという指示に従って出荷するのだそうです。欲しい人が居たら直接倉真農協まで連絡してください。

収穫期は10月頃から12月頃までと、ほとんど自然の山芋と変わらない。しかし、9月に入れば少しは早いけど成長途中の山芋が取れる。

実は、児玉さんが「実物があった方がいいら…」と、取材した日の翌日、お昼休みを利用してわざわざ掘ってくれた。(時期的に自然の山芋は手に入らないと思っていたので写真をどうしようかと悩んでいただけに本当に助かりました。しかもその山芋を惜しげもなくくださり、早速、編集室で調理してその夜は山芋パーティと相成ったのでした。)

児玉さんに案内されて、さっそく山芋畑に行きました。山間の茶畑に囲まれたここの畑には約1,000本の山芋がパイプで栽培されている。素手で少し掘っただけで、直ぐに長いパイプが出て来る。山芋はパイプに沿って伸びていくので、やや真っ直ぐな見事な山芋が出来るのである。

葉は竹の支柱に沿って伸び放題。蔓が伸びている地面には藁が一面に敷き詰められていた。
蔓を辿り山芋が入っているパイプを探し出す。
蔓をを切りパイプを引っぱり出す。
森町では祭りの時のご馳走
さて、前出の中村正行さんは森町出身ですが、森町では祭の日に山芋のとろろ汁を食べる家が多いと言う。森町の祭は11月で、ちょうど山芋の収穫時期と重なる。祭の当日というと、一般的には寿司やおでんを作る家が多いが、それと同じ感覚でとろろ汁を作るのである。森町人もやっぱりとろろ汁が大好きなのです。

ちょっと変わったところでは、太田川で獲れた鮎をダシにして使うのが森町流と言えるようだ。鮎を炭火で焼き、今度は火鉢の中に刺して乾燥させてから鮎の出汁を取り調理する。

中村さん自身は「もっぱら食べる専門」で、滅多に山芋を掘りに行くことはない。小さい頃は芋掘りでよく失敗したそうである。「山芋の蔓とよく似た蔓があって、見分けられないまま一生懸命掘ったら全然別の物だったことや、岩場でうまく掘れなくて途中で折ってしまったり、杉の木の根っこにあった山芋を掘るために杉の木を伐ってひどく怒られたり…。今では懐かしい思い出です。」と言う。

食べる専門の中村さんが、おじいさんから伝授されたというとろろ汁の美味しい食べ方を聞いてみた。

まず山芋をおろし金で摺りすり鉢に入れ、すりこぎで摺る。よく摺れたら卵の黄身だけを入れる。その後少しずつだし汁を入れながらさらにすりこぎで摺る。すりこぎを持ち上げた時に芋汁が切れないようになるまで摺っていく。ボトッと落ちるようではダメ。
ここまではどこの家庭でも同じなんだけど、芋汁を茶碗に盛り付けるときにかき混ぜないで、上の泡状になっている部分をすくうようにして、芋汁をご飯にのせる。すり鉢の芋汁は上の方にどんどん泡が昇ってくるので、とにかく上から順にすくうようにするのが一番美味しい食べ方だそうで、かき混ぜてしまうと折角の美味しい芋汁が台無しになってしまうのだそうです。お試しあれ。

中村さんはご飯をどんぶりに三分の一位盛って、その上に刺身とネギをのせてその上にとろろ汁を掛けて食べるそうですが、刺身があればもうこれは最高の贅沢ですね。ところが中村さんの義兄は東京人で、ご馳走のつもりでとろろ汁を作ってあげてもあまりいい顔はしないとのこと。ご飯へかけるのを嫌がって別皿に分けて食べるそうである。ちなみに中村さんのお父さんは、とろろ汁は「この世で一番好き」、中村さんも「ベスト3」に入るくらい好きだそうです。自然薯のとろろ汁は非常にアクの強い食べもので、小さい頃から食べ慣れていないとちょっと抵抗を感じるのでしょう。

山芋の出来具合はどうかな?時期が早く細いけどこれが今夜の食事になる。
児玉さんから戴いた自然薯の種から出来た山芋。料理前の姿。
麦ご飯+とろろ汁は消化を助ける
むかご。このむかごは山芋の蔓(茎)のわき芽が肥大化して出来る。食べると山芋の味がする。種ではないがこれを蒔くと芽が出て山芋が出来る。 とろろ汁の時はどうしても普段の食事より多めに食べてしまうらしい。らしいというのは私自身どうも苦手で食べたことがないのでよくわからない。しかし、周りの人の食べるのを見ていると猛烈な食べ方をする。どんぶり一杯を食べるのに呆気ないほど早い。普通の食事ではああはいかないだろう。

食べた後は満腹を越えるようになるので例によって胃がもたれて来るそうだ。ところが、とろろ汁の時には麦ご飯が良いという話を聞く。実際に料理屋では麦ご飯が出て来るところもある。

これは山芋のジアスターゼに加え、麦飯だと食物繊維が多く消化を助けることが大いに関係して様である。そして、とろろ汁は田舎料理であるから、白米の御飯が食べられなかった時代に麦飯に掛けて食べた名残りが今も残っているのかもしれない。

さて、児玉さんに戴いた山芋を使って実際に調理してみた。沢山だったので、山芋の好きな友人を招待したところ「本当に今頃、山芋が食べられるの?」と、半信半疑ですっ飛んできた。この山芋は時期が1ヶ月程早いので細いが、これからはどんどん太くなっていくという。写真で見ると特に小さく見えますが、実際には長さが50〜60センチ有り、これで10人前くらいのとろろ汁が出来ます。

そして「むかご」ですが、これを植えれば芽が出て来るそうです。味は山芋と同じで焼いて食べると香ばしくて美味しく、から揚げや炊き込みご飯に使ったりなどの調理方法があります。今回はから揚げにしてみました。
山芋の料理教室だ!
山芋の調理道具は、すり鉢とすりこぎ、そしておろし金。
土がついているので、皮をあまり傷を付けないように、たわしなどで良く洗い落としてからおろし金でおろしていきます。
摺りおろした山芋をすり鉢に入れます。
摺れないような小さな山芋も一緒にいれすりこぎで潰しながら摺っていきます。
後は必死になって摺りつづけます。摺る人とすり鉢が動かないように持つ人の2人で行います。ここで手を縫いてはいけません。
山芋がある程度摺り上がったら、すり鉢から一端取り出します。


生鯖を適当に切って濃いめのみそ汁のダシにします。


その鯖を取り出し、すり鉢に入れます。
鯖はつぶつぶが無くなるまでよく摺ります。
途中で、先ほどのみそ汁を少し加えて再度滑らかになるまでよく摺ります。これがポイントです。
よく摺りあがったら、先ほど摺った山芋を入れ、鯖と山芋を良く摺り混ぜます。
鯖と山芋がよく摺り混ざったら、少しずつ熱いみそ汁を入れながら摺り続けます。これも2人での作業が必要です。
後は空気を入れるような感じで充分に摺ります。味はみそ汁の入れ加減で左右されるので、好みになりますが粘り加減との調整なので、この微妙な所は経験が物を言います。
出来上がりです、お疲れ様でした。ご飯に出来上がった芋汁をかけ、小口切りにした青ネギ(万能ネギ)をたっぷりのせる。
山芋のから揚げ
山芋を千切りにして、一口分を海苔で巻きます。そのまま食べてもいいのですが、今回は中温の油できつね色になるまで揚げました。
本日の山芋メニュー

・芋汁(鯖の出汁のみそ汁仕立てのとろろ汁)
・マグロの刺身に摺った山芋をかけた山かけ
・山芋のから揚げ
・漬け物