掛川周辺のハイキング--暖かい晴れた休日には、みんなで弁当もって出かけよう!

Vol.14 1981年5月号掲載
これから初夏にかけてハイキングに行くには絶好の季節なのです。(雨さえ降らなければ…。自然は偉大で素晴らしい。歩けば歩くほどいろんな物が見えてきます。道ばたに咲いている草花、野鳥の囀り、川のせせらぎの音、川や池に泳いでいる魚、時には野ウサギに出会うことも。

普段、車のお世話になりっぱなしのあなた。たまには足を鍛えるためにも、レジャー気分で出かけてみては?いつの間にか足腰が衰えている自分に気がつきますよ。出かける時には、お弁当と水筒やジュースを持っていくことをおすすめします。山で食べるお弁当の味はまた格別な味がするのです。少々まずくても美味しく感じるところがいい。さあ、野に山においしい空気と歓楽を求めていざ行かん!
イラスト:こまいやすこ 文責:やなせかずこ
    小笠山・小笠神社周辺のハイキングコース          
眺めの良い丘の上には標識もあり迷うこともあまりない
はじめは、標高230mの小笠山ハイキングです。山頂には小笠神社が祀られていて、自然を生かした遊歩道がいっぱいの植物や野鳥の宝庫です。春から初夏に掛けては、いろいろな種類のツツジがあっちこっちで見られます。

小笠神社の下の駐車場に車を駐めて下界を見下ろせば、東は牧之原台地が一直線に見える。良く晴れた日には富士山もくっきりと…。南は太平洋、西側…?山のみ。駐車場の右手(南側)にちょっと小高い丘みたいなところがあって登っていくと休憩所(机と椅子が置いてある)が設けられており、眺めは良い。

小笠山にはあちらこちらに休憩所があるので、ここであせって休む必要はない。そこからさらに奥へ歩いて行くと1.5km先に風吹トンネルがある。

さて、私たちは車で上がってきた車道を今度は歩いて引き返し、駐車場の直ぐ下の小笠池方面の細道に入っていく。200mほど歩くと小笠池(公園)に到着。池の下にはもう一つの駐車場も有り、小笠神社入り口の反対方向を走ってくればこの駐車場に着く。駐車場の周りは桜が満開。

池のまで来ると、直ぐ前方に吊り橋が見える。この吊り橋を「やはぎばし」と呼ぶ。「この吊り橋は一度に大人5人か小人10人以下で静かに渡って下さい。」という注意書きが添えられている。吊り橋なんて、滅多にお目に掛かったことは無いので、嬉しくてたまらない。始めと終わりは揺れがあまり大きくないけれど、真ん中に近づくにつれ揺れが激しくなる。ちょうど走っているバスの中で歩いている感じがする。スリル満点!吊り橋を渡ってそのまま行くと、急な階段になっている。

ここからは小さいお子さんにはちょっと無理なので子ども連れの方はやめた方が無難。急な階段を上りきると次は下り。これまた急な階段。上りよりずっと長く続いている。帰路が思いやられて思わず足がすくんでしまった。

そして、その階段を下りると、小笠池添に道が繋がっていて、行き着いたところはなんと河口?!ここにも休憩所があり、山小屋風のりっぱな建物がある。ここは随所に休憩所が設けてあり、そこには必ず灰皿なるものが埋め込んで設置してある。山火事防止のために必ず灰皿のあるところでタバコを吸ってもらいたいもの。

さて、川を渡って反対の道に出ると、なんと薄気味の悪いトンネル!中は真っ暗。なぜこんな所にトンネルがあるのか不思議な気がする。川上は砂防ダムがあるだけなのに。ちょっぴり興味も手伝ってトンネルを抜ける決心。5mも先に進むと中は真っ暗で一寸先も見えない。見えるは遠くに見える出口の明かりだけ。天井から水のポタポタ落ちる音だけがあっちこっちから聞こえてくる。10mも進まないうちに先ほどの決心はどこへやら、すっ飛んで引き返す。行きと違って帰りは早い。懐中電灯は用意して行った方がいい。帰路は日頃の鍛え方が足りないせいか。いやに足がガクガクして歩きにくい。

池の南側を渡って200mほど登って行くと。見晴台がありここからの眺めは抜群!東に牧ノ原台地がくっきりと見えた。駐車場から見のと違い見晴台だけあって素晴らしい眺め。

さて、再び駐車場に戻って今度は小笠神社に向かって足を運ぶ。山道の草花を見付ながら、野鳥の囀りを耳にしながら、のんびりと歩く。小笠山には130種類もの野鳥が生息しているという。これだけの野鳥が観察できるのは全国でも希だそうだ。あなたは何種類の野鳥を観察することが出来るでしょうか?

小笠神社境内にはベンチも置いてあり、ここでまた一休み。小笠神社は、今からおよそ1200年(大宝二年)も前に文武天皇が熊野権現を敬って建立した神社。毎年11月3日には大祭も行われ、賑わうという。

小笠神社の左手には、およそこの辺りには似つかわしくない保養所ビジターセンターが、ひっそりと建っている。近代的でモダンなこの建物は、大東町入山瀬地区の住民で管理されている。このビジターセンターには宿泊することが出来ませんが、無料で貸し出してもらえます。借りたい人は使用目的と住所氏名を区長に連絡して下さい。今年度の入山瀬区長は中上道男さんです。ビジターセンターの西側から法多山に行く道もあります。勇気のある方は一度チャレンジしてみて下さい。そして、その模様を是非78%に投稿して下さいね。
吊り橋ファンにとっては楽しい橋だが良く揺れる
急な階段が続く。造るのも大変だったようだが急な上り下りは歩く人も大変
小笠池を見渡すところに山小屋風の建物があった
このトンネルの先には何があったのだろうか?
遠くに牧之原台地が一直線に見える
 歴史的旧跡 高天神城跡と林の谷池コース
 応永23年(今から565年前)に今川了俊の手によって築かれた高天神城跡は、近郊のハイキングコースとして最も適している様な気がする。

4月5日(日)小雨の降る中で取材してきました。小笠山に続き、なぜか普段の品行がよくないせいか雨にたたられる。まず、私たちは高天神北口駐車場に向かった。この駐車場には観光バス用の駐車場も有りかなり広い。(南口駐車場もあります。)それでは、高天神城跡に向けて出発。

駐車場から出て徒歩1〜2分のところに「搦手の跡(からめてのあと)」がある。昔、搦手門があったところで城の裏門にあたる。城内から出て来る敵をここで捕らえて縛ったところだ。この「搦手の跡」から前方を見上げると、ずっと階段だけが続いていて両脇は大きな杉の木が樹立している。雨が降っているせいかひとっこ一人いない。

さらに進み、天正2年(1574年)7月から籠城した武田勢が、飲料水に恵まれるようにと水乞いの祈願をこめて造られたという「三ヶ月井戸」の横を通り過ぎ、広場に出る。そこから右手の方に折れて行くと突き当たりに「井戸曲輪(いどまがりわ)」という古井戸に着く。

さらに、井戸曲輪から右手の山の方に入っていくと100m程先に、武将本間氏清・丸尾義清兄弟が武田方に鉄砲で狙撃されたという場所にたどり着く。ここには「本間・丸尾兄弟討死の跡」の碑が祀ってある。ここから先ほどの井戸曲輪の場所に戻り、目の前の階段を上がっていくと高天神社の前に出る。普段はひっそりしているが、3月25日に行われる大祭には一万人余りの参詣者で賑わうという。ここでお知らせ、本殿の右横に休憩所の立て札が置いてありますが、矢印通りに行ってもどこにもありません。本殿の裏手に出るだけでした。

高天神社の西側の橋を渡って行くと、見晴台になっている。きれいに整地され、通り道の両脇には芝生まで植えられている。眼下には大東町の街並や太平洋が見渡せる。良く晴れた日なら最高の眺めなのに、でも、この見晴台から見る高天神社の風景は最高。ちょうど桜が満開で今が一番見頃。この特集が読者の目に触れる頃には、残念ながらこの風景は見られない。
搦手の跡から先の方を見ると長い階段が続く
三ヶ月井戸。壁から水が染み出ているようだ
ここで、小雨の降る中を浜岡町から遊びに来ていた、水野仁司さん親子にインタビュー。

奈津子ちゃんはただいま2才のかわいいさかり。水野さんは13年位前に、この辺りに住んでおられたそうで、何年振りかで遊びに来たとのこと。「昔とずいぶん変わってしまったように思うけど、もっともっといろいろな人達に、ここの良さを知ってもらいたいですね。」と、おっしゃっておられました。
井戸曲輪という古い井戸跡
桜が満開だけど雨なのが残念でした
高天神社へ上る階段 高天神社上の馬場跡と休憩所
さて、見晴台で一休みした後、「林の谷池」に向かって出発。この道は「甚五郎坂道」と呼ばれている。天正9年(1581年)の3月、城から打って出た武田軍が徳川軍に敗れて高天神城が落城したとき、横田甚五郎尹松(よこたじんごろうだだまつ)が本国の武田勝頼に落城の模様を報告するために、馬を馳せて、現在の高天神城跡の西方約1キロの尾根続きのこの険しい山道から抜け出し、信州を経て甲州へ抜け出したと言われている。

この「甚五郎坂道」の難所を別名「犬戻り、猿戻り」とも呼ばれている。水野さん親子の会話を聞いていたら「この道は犬や猿でさえも後戻りするほど険しかった道だった。」そうです。でも、今はちゃんとした道が造られているので安心して通れます。

見晴台から「林の谷池」まで約850メートルある。「池までイケイケ」なんて駄洒落をいわれても、この雨の中を行くのはちょっと気後れする。無理矢理連れて行かれたけど、すべって転落したらどうなるのかなあ、途中で崖が崩れて帰れなくなったらどうしようかとか、そんな思いばかりが頭の中をかけめぐる。

でも、この山道は小笠山のハイキングコースの道に比べると、急な階段が無いだけ、多少は歩くのに楽な気がする。途中、ベンチの設置されている休憩所のくずかごの中には、お弁当の空箱やジュースの空き缶がかなりたまっている。みんなお弁当を持って遊びに来ているみたい…。

林の谷池の100メートルくらい手前から坂が急になっているので、小さいお子さんを連れて行く時には十分注意してあげてください。山の中腹から谷間に見える池を見と、水が青く澄んでいてとてもきれい。もう引き返す気にはなれない。魅せられるままに池の方に下りていくと園地まであった。

帰りは雨足が強くなり風もヒューヒューと吹き荒れだした。心なしどころかう〜んと心細くなって「因果な商売だなあ」と感傷的になったりして。山と山との谷間を見と、雨が風に吹かれて下から上に降っているみたい。こういう現象も山に居るから見られるのかな。傘をさすわけにもいかず、上から下まで濡れ放題なので風が冷たい。見晴台に戻ったときはホッと安堵のため息が漏れた。

井戸曲輪を経て、駐車場には戻らずそのまま真っ直ぐ歩いて行くと、天正9年3月23日に焼けて廃城となった「本丸跡」や武田方との戦で負けたとき、武田勝頼に最後まで降参しなかった大河内正局(まさふさ)が石窟(石で造られた牢屋)の中に入れられた跡などが残っている。

高天神城跡には歴史の跡がいっぱいで、いろいろ探っていくと昔の様子がわかって楽しい。ハイキングに行くとしても観光地としても、この近辺では最高の場所です。
本間・丸尾兄弟討死の跡
ひっそりと佇む「林の谷池」
尾根沿いの侵攻を防ぐため造られたという切割には丸木橋が架かっていた
元天神社跡
高天神社
 原野谷ダム周辺のハイキング
車での行動範囲なんて結局は知れたもので、みんなと同じ街を、同じ道を走っているだけ。たまに車をどこかに止めて、何でもない所や、普段は車で通り過ぎてしまうだけの所を歩いてみると、今まで気がつかなかったものに出会ったり、新しい発見をすることがある。

原野谷ダム堰の上をを渡って、西側の道を歩いたことはありますか?いつもは県道の掛川〜川根線で通り過ぎてしまうだけの原野谷ダム。反対側から見たらどんな感じで映るのだろうか。(原野谷ダムは昭和44年(1969年)3月に農地防災用として造られ、防災ダムとしては県下一の規模を誇っています。
道を逸れと清流も見られます
さて、ダムの上の道を通り広場に車を止めて左側の道に行きます。細い道だけど車で行けないことも無い。だけどここは、自然と友達になるには、歩いて行くのが一番。駐車場から歩いて10分ほど行くと、2本目の橋に出る。ここで寄り道。橋を渡る手前を左に折れて、山の中を1〜2分行くと川幅1メートルくらいの小川がある。きれいな水が流れていて、この小さな川を超える。まだ山道が続く。どこまで続いているのだろうか。今日は時間が無いので、探索はあきらめてまた元の道に戻る。途中の崖を見と断層が30度くらい斜めになっているのがわかって面白い。

原野谷ダムの良さは、常に川などから流れ込む水がいっぱい溜まっていること。他の川は雨が降った以外は水が多く流れていないし溜まることも無い。原野谷ダムの水面はまるで動いていない。底の方は流れがあると言うが、表面的には静かさを保っていて、まるで湖のよう。今日は昨日の雨のせいで茶色く濁っているが、普段は青く澄んでいる。

特に川の周辺には、この時期桜の花が満開で一際際立って見える。昭和46年(1971年)3月に桜の木を植樹してくれたおかげで、春になるときれいな花を咲かせてくれる。車は通らないし、それにしても道が舗装されていないのが嬉しい。こうしてじっくり眺めてみれば、へたな観光地よりも、よっぽど目を楽しませてくれるし、自然と親しめる。

ダムを廻る一本道をずっと歩いて行くと、約40分くらいで県道の萩間橋のところに出る。帰りは県道を歩いてもいいし、元来た道を歩いて行くのもいい。県道の場合は車が走っているし、カーブも多いので危険も多い。団体で行くときには特に注意が必要だ。県道を通って行けば20〜25分ぐらいで着きます。バスで原野谷ダムに来る場合は「泉行き」に乗って原野谷ダム入り口で下ります。バスの通行量は一時間に1本位です。
ダムの放流口、今日は濁っていました
水を集め静かな湖のようなダム水面
 菊水の滝と月の輪池そして小夜の中山へ
水量は少ない菊水の滝
最後は小夜の中山を歩いてみよう。山深い道には延々とお茶畑が続く。目的地は海老名区(あびなくと読んで下さい。)にある「菊水の滝」と「月の輪池」。目的地に行くには、和風レストラン「味の関」から100m位東に向かっていくと、右に折れる道と、その先に中山峠バス停の停留所の所から入る道があり、その道を通って久延寺のお寺の前まで行きます。

久延寺は天平年間(約1200年前)で戦国時代に焼失し、山内一豊が慶長年間(約380年前)に再建。寛永年間(約350年前)に火災に遭い、本多忠義掛川城主が文久年間(約120年前)に再建した。慶長5年(1600年)には山内一豊が徳川家康のために茶亭(小客殿)を寺中に建て現在は御茶亭跡として残っている。(以上久延寺記より)久延寺は子育て観音としても有名です。その久延寺の直ぐ横にひなびた売店(扇屋)が一軒あり、お寺と売店の道を隔てた間に山道に入っていく道が一本あります。車が一台やっと通れる幅です。ここから海老名まで3〜4キロメートルくらい、徒歩で45分から1時間くらいです。途中、茶畑の間から金谷の町が一望できる所もあります。

海老名に行くにはもうひとつの方法もあります。掛川バイパス出入り口のすぐ手前(西側)の八坂橋経由で行く方法です。「八坂橋」というバス停で降りてください。八坂橋から菊水の滝まで約3.8キロメートルです。川沿いに一本道を歩いていくと途中から民家がぷっつりとなくなります。さらに歩いて行くと道路の左側に菊水の滝が見えてきます。ここの滝の水は月の輪池から流れてくるのだけれど、澄んでいてとてもきれいな水です。岩肌についている苔が緑色に光っています。

この辺は別名「菊水の里」とも呼ばれ、この里には昔、仙人が住んでいたと言われ、その仙人が常に信仰している不動明王の誓願によって鐘を供えることを考え、小さな釣り鐘を造って、粟が岳の山頂の古い松の枝に鐘を掛けたといわれる。これが無間の鐘(むげんのかね)と呼ばれているもの。

話が逸れましたが、この菊水の滝から10メートルくらい先に左に折れる山道がある。この山道は先ほど紹介した久延寺のお寺の前から歩いてくるとこの道に出ます。池は滝のすぐ上流ありますが、いくら歩いていっても月の輪池に出るようなそれらしい道はありません。50〜60メートル歩いたところで、茶畑の間を行ったり来たりして下さい。それらしいところが見つかります。茶畑の間の細い通路を歩いて行くと、やがて青く澄み切った大きな池が見えてきます。これが「月の輪池」人里離れた山奥の池ってなぜこうも美しいのだろうか。現世から離れてしまったような錯覚さえ覚える。静寂の中にウグイスの鳴き声だけが耳に届く。
岩肌を滑るようにして2段の滝になっていて滝壺もある
この月の輪池の中央奥に滝が落ちている