その67 子どもたちのゆがみ
きまた たつしろう
 岩波新書で「中学教師」という本を書いている茨城県の中学校の先生、太田輝臣さんが、夏休みの終わり近くに開かれた組合の研究会に講演に来てくれた。太田先生は、ぼくとはずいぶん前からの知りあいである。

 太田先生は、講演の中で今の子どもたちのようすを三つにまとめられた。(以下、ぼくなりの感想を含めまとめてみる。)

一、おしゃべり症候群
 ほんとうにそう思う。授業中でも、子どもたちはくちゃくちゃおしゃべりをしている。先生におこられても、ほんの二、三分の沈黙でまたはじまる。太田先生も指摘されていたが、参観会にきたお母さん方が授業中に、くちゃくちゃとおしゃべりばかりをしていることもあるということを聞く。おしゃべりを注意すると、名指しされた子は少しやめるが、そうでない子は注意は自分のことではないように思うのか、やめない。朝から晩までおこられてばっかり、注意されてばっかりなので、なまじっかのことでは効き目がない。おこられること、どなられることに「なれ」てしまっている。

二、べったり病
 体をくっつけていないと本能的に生きていけないのである。
これは、男の子に多いようである。キン肉マンみたいなことをしょっちゅうしあっているのもそうである。とにかく、べたべたしている。ふざけあっている。つっきあっている。親たちの愛情不足なのではないのだろうか。それに、症状はちょっと違うが、「すみっこによる」、「何かにもたれかかる」、「ウンチスタイル」というのもある。これなども似たようなものではないのだろうか。

三、背骨ぐんにゃりと精神のつかれ
 これは説明するまでもないだろう。
太田さんは、結論的に言えば、中学校があれているなんて言ってもそんなことは対症療法だから軽いことだ。それよりも、今の子どもたちのゆがみをどうなおしていくかの方がよっぽど大きいことだというようなことを話して帰って行った。子どもの問題行動よりも、子どもの問題の方が根深く大きいということだろう。それはそうだと思う。

 二学期がはじまった。子どもたちが教室に集まってきた。それこそ「ぐんにゃり」としている。六年生の男の子は、ファミコンに夢中の夏休みだったようだ。女の子は何をしていたのか聞いたら、「さあ?」と言う返事だった。みんな、顔は日に焼けて黒くなっているが、これといって思い出に残ることは夏休みにはなかったようだ。

 科学万博も静岡の田舎までにはおしよせていない。子どもたちは小さいけれども、やらなければならないことが多くて、まとめて思い出になるようなことができない夏休みになってしまっている。

 夏休みがおわるとすぐに運動会とお祭りがやってくる。そのあいだにやっておかなければならないことが子どもたちには多い。

 この「お祭り」、地域によっては歴史も伝統もあるおおきな行事なのだが、今年もまた、高校生は参加禁止だということだ。

例外を気にしていてはいつまでも進歩はないように思うがどうだろうか。