その32 疲れていると信じる子どもたち
きまた たつしろう
 十月の連休明けの教室に、子どもたちは疲れてやってきた。秋のお祭りでがんばったからである。ぼくはこの休みの前の日に、教室の子どもたちに「屋台が家の前を通るときに、机にかじりついて勉強をやっている子はどうかしているよ。お祭りはお祭りでいっぱいぶっさわいで、声がかれるくらいになって学校にこなければだめだよ。」と言い聞かせておいた。

 このごろ、ともすれば、お祭りの日に勉強したりする子がいる。一昔前は、先生がわざわざお祭りに出ろとは言わなくてもよかったのだがどういうわけか、地区の祭りに参加しない子もいる。ぼくが、区内で屋台をひいていると、物影からじっと見ている高校生がいた。

「おい。こっちに出てきて引けよ。」と声をかける。
高校生は、はずかしそうにして、家に引っ込んでしまった。後で聞くと、最近では高校生は祭りの参加を学校で禁じているのだと言う。

 飲酒や喫煙などをはじめ、大人に交じって、時には未悪さをすることも考えられるので、その機会が多い祭りには近寄らせないという上の方からの配慮だそうだ。ぼく自身は、祭りにさんかしてもらい、屋台を曵かせた方がよっぽど健康的で非行は少ないと信じている。
 それはともかく、ぼくがこの連休明けの教室に入ったら、いつもとちがうとてもおかしな臭いがしてきた。

「なんだ、このにおいは?」と聞いたらある子が「先生、これだよ」と、トクホンチールをだしてきた。肩が凝ったり、腕が痛かったり、足がつっぱるから塗っているのだという。それを見てなんだかさみしくなってしまって、思わず「おまえら。あと七十年をどうして生きて行くんだ」と、どなってしまった。

 足がつったといって、肩がはるといって、その度にトクホンを塗ったり、貼ったりする。そんな話はいままで聞いたことが無かったが、小学生がそんなことでよいのだろうか。

 そこで、ぼくは授業にはいるまえに、子どもたちみんなに聞いてみた。使ったことがある子や、使っている子はほとんど全員である。使ったことのない子がたったの三人であった。このぼくは、四十すぎたが、まだ使っていない。いったい、今の小学生はどうなっているのだろう。

 この頃、ジュースの販売機で売っている「ドリンク剤」を買って飲む子が多いという。子どもなのにである。それも、大人が飲むような、赤マムシ、リアルゴールド、オロナミンC、アルギンZ……などなどである。これもついでに、子どもたちに聞いてみた。やはり結果は、ほとんどの子どもが飲んでいる。飲んでいなかったのは、五人だけである。

 こんなのは、大人がそれも二日酔いの次の日に飲む物であるとばっかり思っていたら、いまは違うのである。子どもが、飲んで、つかれをとっているのである。いや違う、疲れが取れると信じて、飲んでいるのである。こんな話はまだまだある。
「おなかがモタれるときには、ぼくはオオタイサンをのむ」とかあるし、「元気がないときには、アリナミンをのむ」のだそうだ。

 ぼくは「子どもの老人病」を何度も問題にしてきている。体育で、少し余分に体を動かしたからといって、お母さんに、腰にトクホンをはってもらう。今日は遊び疲れたからといって、アリナミンを飲む。朝、学校に行くときに、赤マムシを一本ひっかけて出かける。子どもは、「疲れを知らない」なんて大うそである。中年のおとなのほうが、よっぽど元気がある。

 世の中、どうにかなってしまった。子どもの耐性がなくなってきているのか。