その12 四年生の健一君(仮名)とそれにまつわる話
きまた たつしろう
 健一君はなかなかの腕白坊主。ここでことわっておくが、ぼくは決して「腕白」ということばを悪い意味で使っているのではなく、子どもである人間としては「腕白」は絶対必要条件と考えている。まあなんにしても、「教師」としてのぼくは、多分に権力的・管理的な側面をいつのまにか身につけてしまっている。そのことがぼく自身でも十分わかっていて、いけないから取り除こうと思っていてもことあるごとにいつのまにかすぐそれが出てしまっている。そういうわけで、健一君を時々どころか、しょっちゅうどなりつけることになる。すると、健一君は健一君でぼくにどなられた端から、ぼくにまとわりついてくる。そんな毎日である。

 ある日健一君、受持ちのぼくが授業中に大演説……小学校の先生が演説するのは、授業のへたな証拠である。子どもはおもしろくないから集中しない。責任は先生にあるとわかっていても……をぶっていたら、例によってぼくの話は上の空、机の中に手を入れてモゾモゾしている。ぼくは頭に来て例のごとく健一君をどなりつけた。何をしていたのかを聞いてみたら、国語の時間になんと「電卓」をピッピッポッとやっていたのである。まわりの子は大笑いしながら
「先生、健一君は塾に持っていくだに。」という。
それを聞いてぼくはびっくりした。そろばん塾に電卓を持って行って隠れて計算の回答に使っているのである。あきれてしまった。そろばんを習うという目的もへったくれもあったものではない。

 ぼくに怒られた次の休み時間にいつものように近寄って来た健一君。
「先生、電卓なかなか楽で便利だに。」と言って来た。まったくもってギャフンである。もっとも、健一君の電卓は、その三、四日後にそろばん塾の先生に見つかって大目玉を食らってチョンとあいなった。考えてみると最近の電卓も安くなって子どもの小遣いで簡単に買える。先日の新聞によると、まだ上手がいたようだ。今年の大学入試には、電卓付きの時計を試験会場に持ち込むのを禁止したという。小学四年生の健一君並の幼稚な高校生が世の中にはたくさんいるらしい。

 健一君は学校の外の行動でも話題をさらう。先日も、一年生の女の子を自転車に乗せて学区の中を走り回っていたようだ。教職員の中でも「健一君はませてるねぇ」と話が出る。一年生の担任の先生は、乗せてもらっていた子がめだたないおとなしい女の子なので、しきりに頭をひねっている。

 どうもこの行動が気になるのでいろいろと健一君に聞いてみた。調べてみれば、なんのことはない。推測すると次のようなことになる。

 健一君はこのごろ歌手の「松田聖子」ちゃんに夢中で、聖子ちゃんの写真を切り抜いて肌身離さず持ち歩いているという。しかし、写真は写真。だんだん脳みそがからまわりしてきたらしくて、一年生の「なんとか聖子ちゃん」を見つけて、自転車に乗せることになった。聖子ちゃんを乗せているうちに、後ろに乗っている子が「松田聖子ちゃん」のホンモノと思えてきたのかどうかは本人しか知らないが、いい気持ちになってきて、みんなに見せたくなり、学区内を走り回った。自転車の「二人乗り」はとてもわるい事としてわかっている。学区内でもわるいこととして二人乗りをする子たちはまず見かけない。だから二人乗りは十分に目立つ。そして、健一君と「聖子ちゃん」はすぐに御用とあいなった。

 このことは、健一君だけのことではない。最近は他の子たちの中にも、ビキニ(とは言わないそうだが)の水着のどでかいカラー写真の、なんとかちゃんを学校に持って来てはみんなに見せびらかして、ついには
「先生、先生、いいら〜。ぼくなんとかちゃんが好き」と話しかけてくる子もいる。
この子たちのお母ちゃんは知っているのかどうか。ああ、悩ましい。