その7 夏休みそして新学期
きまた たつしろう
 今年は冷夏ぎみだったのだろう。長い夏休み中は涼しかった。しかし夏休みが終わったとたんに、急に暑くなった。子どもの日記に、「先生、ようやく夏らしくなってきたのだから、今年は夏休みをもう一度、やりなおしてください。」と書いてきた子がいて、それには思わずふき出してしまったがその気持ちはよくわかる。

 九月。子どもたちは教室に帰ってきた。ほっとする。ぼくは「よし!」とがぜんファイトがわいてくる。世間では、「先生方は長い夏休みがあっていい。」と思われている。それはそうだ。給料が貰えて、休日が多いのにはだれも文句は言わない。傍から見れば、うらやましいし、自分もそうなりたいとおもう。しかし、静岡の先生方の場合は、学校が休みでもけっこういそがしくて、日曜を入れて十日も休めば上出来の方である。県によっては、すべて「研修」ということで家にいることができる場合もある。

 すこし横道にそれてしまったが、正直いって先生方の夏休みは「子どもがいない」ということで、ずいぶんと気が楽になることはたしかである。でも、八月の二十日をすぎれば本能的に、子どもたちとあいたくなる。

 夏休み前、子ども達がうきうきしている一学期の最終の授業で、
「宿題は、うんと遊んで、前だかうしろだかわからんように、まっくろになってくることだぞ。白いやつは、気もちわるいから、九月になって教室にはいっちゃあいかんぞ。」と言いきかせて、夏休みにはいる。
「はあい」
とうれしそうな顔で、家に帰っていくが、夏休みが終わってみんなと顔をあわせると年々、白い顔のままで、教室にもどってきてしまう子がふえてきている。

 まっ黒に日焼けした子どもたちのあいだにポツンポツンと座っている、白い顔の子どもたちを眺めるのは、悲しい。なんだか、病的な青白さに見えてくる。

 中央小学校で体育係をやっていた時の話である。当時、中央小には「全校遊び」という時間があった。全学年が外に出ていっしょに遊ぶという時間である。その時間には「外に出ること」だけがやくそくで、あとはどんなことをして遊んでも自由だということで、当時としては、思い切ったいいことだった。しかし、暑いにつけ寒いにつけ、子どもたちは、なかなか、外に出たがらなくなる。一、二年生の子が特にそれがはげしかった。そこで、「全校遊び」の時間になると、メガホンを持って
「外に出て遊びましょう」と、どなって歩くことにした。
一年生の教室に行って大きい声で、
「さあ、外に出て楽しく遊ぼうね。」
と言ってまわっていたら、男の子が一人、泣き出しそうな声で聞いてきた。
「おじさん!なんで遊ばなきゃいけないの?」 
これにはまいった。

 「家の子は。遊んでばっかりいてこまる」という相談をよく受ける。しかし、よく調べてみると、そんな子でも少しも遊んではいないのである。外でただふらついているだけなのである。ともだちと遊んだり、なにかを一緒につくったりはけしてしないのである。ひとりでは遊べないのだ。仲間をつくったり、友だちとあそぶことで、いろいろなことを学んでいける。

 九月の教室の青白い子どもたちを見ていて、ほんとうに、なんとかしないと、と考えてしまう。遊ばない

子どもは、「人間」になれないのであるのだから。こうして新しい学期がはじまった。