掛川タウン誌
78%KAKEGAWAに寄せられた読者からの投書や投稿などの抜粋です。
1985.2 Vol.59
No.58号、永倉さんのお説の通り、福祉斬り捨ての改法こそ恵まれない人を作り出しているとの思い、同感です。それに対して回答は、永倉さんの問いに答えていない。ただ自己弁護的なもので、自己のたっている事を意味づけ、正当化しているだけである。編集氏もこの回答で満足していては腰が弱いと思います。再度、永倉さんの言わんとするところを回答してもらって下さい。もし回答できなければ、何故言えないかを正して下さい。
(掛川市水垂:禄寿斉さん・66才)
’85年1月号のあれも言いたいこれもイイたいの「歳末たすけあい袋について」の質問と返事についてひと言。僕自身この件に関して、恵まれない人にカンパしないより、する方がいいと思う。しかし、永倉君の云う様に国の情況がこんなんでは、率直な気持ちで、それでは僕も千円という気にはなれない。この紙面のやりとりから、質問内容は読者にわかる。しかし、返事は質問からだいぶズレているのも読者にはわかる。そこでもう一度永倉君の質問に、山本さんは明確なる返事を出して欲しい。素直な気持ちで募金を集める側と、素直な気持ちで出す側の人のためにも。
(市内上垂木:小島)
先日、“さわやか”で昼食をとっていた。外人2人と日本人男女が隣に座った。外人(白人)は自国語(英語)で、日本人は英語を使っていた。食事は全員パン。他のマナー、座る順序等、全て外人の流儀にわが同胞は合わせている感じ。何かヘンだと思う。欧米にいく時は、皆英語を習うし、あちらでは日本語を使ってくれる人もいない。なぜ彼らが日本に来ると日本語を話さないのか。勉強しないのか。ボクらがわざわざ合わせる必要もないのでは?ペラペラなら別だが。日本の流儀で、日本語でもてなすべきだと思う。白人が自国語で日本(外国)でも通じると思うのは大きなマチガイだ。マチガイは堂々と正すべきだ。日本語で。よけいなおせっかいだが、そんなことを思った。
(市内弥生町:尾接快さん・30才)
私は掛川から西北へ車で二十分程入った、森町の住人です。今度初めて「78%」を拝見し、興味深く読ませて頂きました。特に“あれも言いたい・これもイイたい”欄は、掛川市民の意見なり提言が出ていて、大変参考になりました。しかし、たとえすぐれた意見であっても、匿名では迫力に欠け、賛成致しかねます。ましてや新幹線のような極めて重大な問題については、実名で正々堂々と意見を述べるべきだと思います。市内吉岡にお住みの“若い衆”は、新幹線掛川駅の実現が、「戸塚代議士〜榛村市長の政治路線」であり、「駅が出来ても。彼らの名声が上がるばかりでは?!」ときめつけられておりますが、為政者たる者、地域の発展の為事を成すのは当然のことであって、その為に市民の善意の寄付行為が伴っても、利用者負担の原則からして、これまた当然であると思います。掛川には「今からおよそ六〇年程前、町のためになることなら家屋敷を抵当に入れ、借金をしてまでもやってのけた人々がいた」と云うではありませんか。余り目先のことばかり考え、ケチなことばかり言っていると、周辺の市町村民に笑われますよ、若い衆。
(周智郡森町:岡野清次さん・50才)
かけがわしの皆さん、おめでとうございます。皆さんの中でも体験された方があると思いますが、実は売り出しの件です。つまり商店のサービスですね。特に男性が買物すると当然出すべきシールや補助券等を出さない。子供の買物にも云える。そんな出し惜しみするならば、売出しや、専門店会に加盟しなければよい。催しものをするということは、お客様へのサービスを目的とするものと思う。真のサービス精神があるならば、どんなお客様でもきまったサービスはすべきである。私は無視された消費者を代表してうったえる。
(市内:秋山春海さん・50才)
この78%は実におもしろい。僕も年間予約しようかと思いましたが協賛店でもらえばよいと思ってだいたい2年位前から楽しく読んでいます。あっ、それでとっておき僕はラットが大好きです。(ラットはロサンゼルス出身のヘビーメタルバンド)3月26日に名古屋市公会堂にくるので行きたいなあ。また誰か行きたい人があれば78%に来月ので書いてください。僕も1人で行くとさびしいので…。でも行く事に決定した訳ではありませんよ。また2月6日にはスコーピオンズに行くんだぜ。静岡市民会館でなんだけど、こうなったらヘッド・ハンギングしてきてやるぜ。その時の模様は3号にて…それまでバイビー。
(市内:ウォーレン・デマルティニ)
「岡林信康からのアピールとお願い」
僕達の身の回りに便利なものが増えました。増えたというより今や溢れているといった方がいいのかもしれない。ほんの数10秒とかからない隣家への伝言も電話ですませてしまえるし、ちょっとそこまでタバコを買いに行くのも車を使ってみたりする。ほんとに体を動かす事が少なくなった。体だけじゃなく頭も使わなくなった様な気もする。子ども達が電卓をいじって遊んでいる。しかしこんな小さな時から電卓に頼る事を覚えてしまったら計算能力など育たないのでないかとつい考えてしまうのだ。便利なモノがなければ何ひとつ
やれない、頭の中が空っぽの弱い弱い存在にドンドンなってゆくようなイヤーな気分。これではまるで、冷暖房完備のオリの中で超過保護に育てられているパンダじゃないか。音楽の世界も同じだ。複雑でややこしすぎる。便利な電気楽器がやたらと増えた。それも楽器というよりは電気器具に近い。もはや、音楽は歌い手やミュージシャンの手を離れ、電気器具を巧みにあやつるエンジニアのものになってしまったようだ。アンプや電気楽器が山のように積み上げられたステージでは人間がその片スミで小さくなっている。誰もがどこかでイライラしている。主役は誰なのか。機械なのか。人間なのか。機械をつかっているのか。機械に使われているのか。そのイライラの極限で僕はバンドとプレイする事を捨てた。もう一度裸になってみよう。ギター一本だけを頼りに2時間余り汗を流して作るコンサート。そんなコンサートをやってみよう。歌の世界ぐらい、せめて岡林信康の歌の世界ぐらい生身の人間の匂いがしてほしい、そう思ったのです。1983年9月と1984年3月の2度にわたり断食を行いました。1週間水以外は何も取らないというある種の極限の中で生身の人間が持つ生命力の力強さを僕は感じ取る事が出来たように思うのです。その時確信がたったひとりの弾き語りコンサートへと僕を向かわせたとも言えます。ギター1本だけを抱えた旅の何と身軽な事か!これなら大抵の所へ行けるぜ!街から村へ、村から町へ…。さて、全国各地のイベンターの皆さん。いや、イベンターの皆さんだけとは限らない。例えばどこかの町の喫茶店のマスター、旧い造り酒屋の若ダンナ、どこかの村の消防団の若い衆、そしてTV局・ラジオ局にいるであろう、かくれキリシタンならぬ、かくれ岡林ファンのディレクター諸氏、そして、あなた!あなた!あなた!岡林信康のコンサートを企画してみませんか。今、岡林信康を味わっていただきたいのです。カッコ良くはないし、美しくもないけれど、生身の僕の息づかいと鼓動だけは確実に感じてもらえるはずです。
(1984年5月 岡林信康)
※昨年に発表されたアピールにより全国約50箇所で岡林さんのコンサートが企画されました。来る2月11日には掛川にもやって来ます。主催は蒼生舎、78%、ひょうたん島の有志で行われます。このアピールを読んで賛同される方々、いっしょにやりましょうや!
明けましておめでとうございます。今年も78%KAKEGAWAが、よりいっそう、今まで以上に発展しますよ〜に、祈っています。新幹線の問題では、昨年以上にレター、はがきがさっとうすると思いますが、78%KAKEGAWAなりに答えてあげてきださいネ。これは掛川市民にとっても大切な事だものネ。いろいろ新幹線のことで、78%の皆様はどう思い、どう考えていますか?人それぞれ、考えも違ってあたりまえだと思います。いいたいほうだい(※あれも言いたい、これもイイたい)の所には、いろんな投書がきてるんでしょ。選ぶのも大変ですね。性格の違った持ち主がみんな集まって決めるのかな?ガンバッテくさだいネ。ちなみに私は、よく載せてもらった日坂のM子と城北町(今は城北二丁目)のY子で〜す。私たちは、男の人の事でいろいろ載せてしまったけれど、今は少し平気。立ち直って、考え方が若いなって反省中なのです。ごめんなさい、お正月とゆうのにいろんな事書いちゃって。誠にすいません。でも私たちが考えた上での事なのです。みなさん、人生は一度しかありませんから、何事もせいいっぱいやるのみですね。
(日坂のM子・城北二丁目のY子)
※昨年は新幹線について本当にたくさんのお便りをいただきました。78%はどんな意見でも大切に考えているので、届いたお便りはすべて掲載させていただいています。情報提供する場というのは、常に中立の立場でなければいけないという考えからです。ただ私達の意見としては新幹線は反対です。しかし、公平なアンケートをとった結果、半数以上の人が賛成したということは、それだけ市民の多くが必要としているものなのでしょう。ただ、「便利になるから」、「人口が増えて町が発展するだろう」、といった安易な発想だけで賛成しているとしたら、ちょっと考えものですね。プラスの面があれば、必ずマイナスの面もある。どっちの比重が大きいかを、冷静に判断する必要があったと思います。ただ単に10万円の寄付金だけを取り上げて、「反対」 「賛成」を唱えるのではなく、本当に必要なのかどうか、新駅が出来たら掛川がどう変わっていくのかを、真剣に考えてほしかった、と言うのが正直なところです。もちろん10万円の強制寄付には反対ですよ。そうは言っても当然市民の負担金は10万円ではすまないでしょうから、決定した以上は、不足分は何らかの形(税金)で取られることになるでしょう。ただ、もなさんにこれだけは知っておいてほしいのです。自分たちの知らない所で泣いている人達もいることを…。人伝に聞いた話ですから詳しいことはわかりませんが、ようやく建てた家を(新駅工事により)立ち退きのために、借金を抱えて引越さなければならない人もいるそうです。保証金が少ないからです。なかには7千万円だか8千万円という、過剰すぎる程の保証金をもらうもあると聞きました。最低限、今迄と同じ生活が送れるだけの保証はしてあげるべきです。かと言って過剰に保証する必要はないのです。(あくまでも公平にが原則です)とにかく、なにはともあれ決定してしまったのです。賛成したからには、後で「新幹線ができたために」と泣きごとを言わないことです。(78%より)
〈自分をいかす道はこれだと 確信するような 胸の熱くなる出来事に であうのは あしたかもしれないのよ…人生は長いのに〉 私の’82年メモ帳5月末あたりに抜き書きしてあるものです。当時、ちぢこまってしまった心が少し緩んで、それが涙になって滲み出て来るような感動を覚えました。あれから2年半、胸の熱くなる出来事なんて、そうそうあるものではないけれど、この言葉を想い出すたびに、やっぱり心がすこしだけ柔らかくなる気がします。どなたか出典を知りませんか?どうしても想い出せないんです。
(市内伊達方:山崎友美子さん・26才)
編集室より
「歳末たすけあい袋」の件に関しての返書の件は、もう一度返事をもらうように交渉中ですので結果が出次第来月号に掲載致します(78%永倉)