掛川タウン誌78%KAKEGAWAに寄せられた読者からの投書や投稿などの抜粋です。
1985.1 Vol.58

あれも言いたいこれもイイたいを毎回読んでいて一言。投稿した人の九割以上がペンネーム。住所氏名をのせるのは勇気がいる。しかし問題が個人から離れ社会、政治に至る場合、住所氏名を書けないのはよくないと思う。たとえば、新幹線の問題で事の云々はいい。しかし個人名、市長さん云々の場合匿名では相手に失礼だし、名乗れない方にも問題がある。少なくとも榛村市長は、自分の言った事には責任を持つと言う。これに対して反対意見を出す人は責任を持てないのだろうか?西洋に比べ東洋、特に日本人の悪いところだろう。もっと自らに自信を持つべきだろう。
                     (掛川市上垂木:小島茂夫さん・30才)
   

先日、用事が有り、お昼頃掛川駅に降りた。久しぶりの事であたりを見廻すと、〈祝新幹線掛川駅〉と書かれた横断幕が掲げられていたが、乗降客も少なく寂しい駅の姿であった。この駅に新幹線が止まっても乗降客が“ゼロ”と言う珍事も有りうるナーと思った。確かに新幹線が止まってくれれば、掛川付近の人はメリットが有るでしょうが?戸塚代議士〜榛村市長の政治路線の為、駅が出来ても、彼らの名声が上がるばかりでは?!どうせなら田中(角栄)氏程の大物政治家なら市民のキフも無く駅も出き、誰もモンクを言う人はいなかったのでは?……
                         (市内吉岡:若い衆・会社員)



きまたたつしろうさんの教室風景毎月読ませていただいています。そこでちょっと考えるんですが、この教室風景は、きまたさんの目で、きまたさんの心にピンときたもの、いわゆる木全イデオロギーでの教室風景ですね。50数回も続くと教室というもの、現代っ子はこんなものかと世間に思わせてしまいます。他の方から見れば、又ちがった教室風景が現れると存じます。時々は、異なった目でみた教室風景を取り入れてください。多くの人の見た教室風景があって、真の子供像をつかみ得るではないだろうか。

                        (市内水垂:禄寿斉さん・65才)



「世の中で幸福になる教」
1.世の中で一番幸福なことは生涯をつらぬく仕事を持つことである。
2.世の中で一番みじめなことは人間として教養のないことである。
3.世の中で一番みにくいことは人の生活をうらやむことである。
4.世の中で一番尊いことは人のために奉仕して恩きせないことである。
5.世の中で一番うつくしいことはあらゆるものに愛情をもつことである。
6.世の中で一番かなしいことはうそをつくことである。
7.世の中で一番みにくいことは人の悪口を話すことである。
8.人間として右(上)の事は実行したいと思っています。

                      (市内大原子:榛葉弥作さん・79才)



ハウンドドックのコンサートへ行きたい。バンドも組みたい。映画も作りたい。買い物も行きたい。バイトもしたい。バイクの免許も欲しい。セーターも編みたい。でも眠る時間も欲しい。あっ、デートもしたい(相手がいれば)。忘年会から新年会、クリスマスパーティもしたい。あー勉強なんかしてるヒマなんかナイ!学校、週休2日制になってくんかいかナ。なーんで学校なんかあるのでしょう。い〜や、どうして学校に行くのでしょう。学校で教わる勉強よりも、学校で会う人よりも、もっと大切なものたくさ〜んあると思うのにネッ!
                      (掛川市城北:掛川花子さん・17才)



先日行われた「シネマカーニバル’84」は、大成功に終わりました。フリーライトのSF「テオ」も、大いに反響を呼びました。今後おもしろい映画を作ろうと「テオ」に続く第三作を、今、制作準備中です。あなたも一緒に作りませんか。映画!経験なんか問いません。注※特に顔に自信のある女優さん求む。
                      (菊川町:フリーライト加藤豊さん)



はーい!掛川のみなさん、こんにちは。しんきくさいお手紙だいろくだんどえーす。こんどーです。おもちゃはてんどーです。お正月にあげるものはタコでーす。ジョーダンは、よせ、よせ。さて、掛川のみなさん。おりがみいいとも少女隊って知ってますか?リーダーがぬーぼう、メンバーがきんさーと松浦さんと、なでしゃん、最後にコカコーラで有名な、たかやなぎまさひろセンパイでーす。みなさん、掛川の町で見かけたらサインを求めましょう。かんげきしてその夜ねむれなくなるでしょう。ヘアースタイルだけ久我に似ている大庭○也より
                       (市内領家:大庭○也さん・22才)



夏子でございます。あへみ君お返事THANKS。邦彦は三島なんで11月4日の武道館行ったんだ。でも最上席のうっしろで、せっかくの本田君も豆粒だったそうです。あへみ君のコンサートはどうでした?ぜひとも感想きかせてほしいナ。本田君のライヴって普通の女のコ来ないって邦彦言ってたけどホントですか?何かすっごい奇抜な人ばっかだって…。(邦彦も並じゃないからわかる気はするけど)私は地味な元春ファンです。あへみ君元春好きですか?なんて。それではさようなら。しつこいようですがお返事を、邦彦の脳天気がほしがってますのでよろしくね!
                       (掛川市下西郷:夏子さん・19才)



12月は、もう仕事一色ですね。そんな中でも。何か新しいものを見つけ出さないとッ。いつでも、おおらかな気持ちでいて下さい。
                      (掛川市柚葉:松浦秋夫さん・26才)



「歳末たすけあい袋について」の疑問と返書
おたがいに助け合うのは人間として大切なことです。ここで大事なことは、何故この文面の(袋に書いてある)「恵まれない方々」が存在するのか、という社会状況を考えていかなければならないということです。いったい誰が恵まれない状況に人民を追い込むのでしょうか。また「温かい愛の手」とは、お金のことですか、もしそうなら、それが本当の愛の手になるのでしょうか?
私は、国家予算において福祉が切り捨てられている状況こそが大問題であると考えます。一部の資本家達が大もうけをしておいて、そのおこぼれで毎日四苦八苦の生活を強いられている多くの人民は、階級意識を持ち、差別感覚で物事を判断してしまいがちです。だから「さしのべる」という言葉も出てしまうのでしょう。
皇族は、独立すると言っただけで、何もしないのに5億円もの家がもらえます。戦闘機一機でも数十億円もします。このような不合理な事実はいくらでもあります。このことに目を向けないで、「たすけあい」を「お願い」するのはおかしなことです。また、市民の目を、本当の福祉からそらすことになると思います。
私は本当の「愛の手」とは、福祉予算切り捨て、に対し反対運動を起こすことが、愛の手であると考えます。掛川社会福祉協議会としての考えのご返事をお願いします。
                    (11月7日:78%編集室編集長・永倉章)

※回覧で募金袋がまわってきました。疑問を感じたのでこのような文を事務局に送り、次のような返答をもらいました。


日頃社会福祉活動について種々ご協力をいたゞき厚くお礼申し上げます。先日の「歳末たすけあい袋について」のご意見お気持ちは充分に承知しました。この歳末たすけ合い運動は昭和34年から全国的に社会連帯、相互扶助の精神に基づいて民間活動として自主的に実施されているものです。当社会福祉協議会においてもこの趣旨にそって民間社会福祉協議会として毎年市民に募金をお願いし、この善意を民生委員等のご協力により、寝たきりやひとり暮らしのお年寄り、体の不自由な人など恵まれない人々に揃って明るい正月を迎えられるようにお届けさせていたゞいています。
社会福祉協議会は、社会福祉の目標を、すべての国民が人間らしく生活維持ができる施策の充実、環境整備をすゝめ、いわゆる「社会福祉」の建設実現をめざし努力しています。その推進のために公的責任のみならず地域住民、ボランティアなどの民間の積極的な参加協力を得て、その役割を荷い努力してまいりますので民間福祉機関としての社会福祉協議会へのご協力、ご理解をお願い申し上げます。
          (11月24日:掛川市社会福祉協議会 事務局長 山本禮次郎)



昔々ある所に可愛らしい少女とバスケ好き少年がおました。少女は少年に恋をして来る日も来る日も遠くから少年を見ているだけでした。そうして幾月が過ぎて、少女は遠く南へ引っ越すことになりました。少女は悲しみました。どうすることもできない自分を悲しみました。やがて、少年の耳にも少女が南へ行ってしまったという話が入ってきました。少年は少女の気持ちを知っていました。だけどそれから少女は少年と一言も話さずに南へ行ってしまいました。それから少年と少女は、二度と会うことはありませんでした。
THE END. 
                  (市内:Tさんが好きだった娘・16才)



1984年も12枚のイラストを収め終え、ホッとしています。ど〜もありがとうございました。1985年も苦しみと楽しみでキリキリしながら良い絵を描いてゆきますのでよろしくお願いしますね。
                               (市内:Luming)



「フォークシンガーのなぎら健壱さんから」
我が同胞のフォーク・シンガーの中には、その活動の規模を諸々の状況でもって、縮小せざるを得なくされた人物もいる。だが究極的に見て、それを放棄した人間はいない。しかしそれがフォークの現状を救う手立てにはならない。フォーク・ソングという言葉は、今や死語になりつつある。それを支えているのが、先の人物なのである。しかしそれは、死語という言葉を消し去る為のものではなく、フォークを復活させるものではなく、ただ単に好きな歌に縋りついているだけの姿でしかない。だが彼等は常に、フォークの灯りをもう一度と願ってはいる。それが己の糧になるのだから…。しかしその気持ちは、彼等が変な、意固地な気持ちでもって、フォークの世界をマイナーな世界に埋没させている限り、無理な話である。彼等がマスコミに開き直り「我々の歌を聞いてくれ」と出て来たとき、フォークは本物になり得る。そした、フォークの『フ』の字さえ知らない、今の世代が新しい音楽として、それを受け入れてくれるに違いない。フォーク・ソングは、悲しい音楽であってはならない。フォーク・ソングは生きているのだから…。その一環として、僕は掛川に来ました。酔った頭で、掛川の「ひょうたん島」にて…

                              (なぎら健壱さん)



前略、久し振り、サスケです。といっても読者の方は御存知ないかもしれませんが、78%KAKEGAWA12月号に出てた双生児のフォーク・シンガーなのです。ひょんなことから「ひょうたん島」に出演し、字てゃ2回目の打ち上げの席上にて文章をつづっているのです。静岡はミカンの産地。ああ、それなのにサスケの出身はライバルの愛媛なのです。まあ、そんなことは関係ないのだけど、みんなでお酒を飲みながら、お互いに知り合えるこの掛川の夜(もちろん歌を通じて)…。そんなことがすごく素敵に感じるサスケなのです。人と人が、たぶん昨日までは全くの他人だったのが、そうじゃなくなる。絶対、再考やと思うんよ。全国旅しながら、今年も(本当はまだ12月)いろんな出会いをすると思うと、背中がソワソワです。掛川のみなさん、またひまなおり、文を書いて送ろうと思います。歌と友、これがモットー(恰好つけすぎたかな)トニカクやります。よろしくの二乗。
                                (サスケより)