掛川タウン誌78%KAKEGAWAに寄せられた読者からの投書や投稿などの抜粋です。
1982.1 Vol.22

んちゃ!私は中3。受験生なのです。一応普通高校に希望しているけど、入れるか入れないか、わからないのです。いや〜な保護者面接もおわったし…。その保護者面接では、お母さんが一人でベラベラ!「私はとなりでニヤニヤ。つついてもお母さんは自まんげにはなしてる。もう本当にイヤな面接でした。でも今は希望校に入れるように必死でがんばっている私です。もう受験がおわった人はうらやましい。早く自由の身になりたい!

                     (掛川市十九首:佐塚だいっきらい子)



昨年、9月号に掲載された、浜岡の3人(鴨川、高畑、中村)ですが、電話番号も番地も書かれていなかったので、どこの娘からも連絡がありませんでした。今度は番地まで載せてください。それから3人のお友達の増田が、10月にめでたく結婚しました。78%の読者のみなさんで祝ってください。(増田君はうらやましくも毎日愛妻弁当を持ってきています。)
                      (浜岡町池新田:中村さん・21才)



小笠の高見って人にいいたい。「いちいち、でんわかけないで!」昔のことは、わすれたいから…おかげで、この前、おかあさんにえらくおこられてしまった!それに、正直に、自分の名前をいえばいいのに、かえてみたり…まったく腹がたつ!もう二度とあいたくもないので、でんわも、てがみも。しないで下さい!

                (掛川市中宿・大変めいわくしている子・16才)



小笠・掛川地区に夢の会が発足されました。日頃、何となく日々を過ごされてる人は、ペンを通じて、いろんな方と楽しい文通などして、毎日楽しく過ごしてみてはいかがでしょうか。他の活動としては、ドライブ、ハイキング、油絵、お食事会等もあります。毎月1回以上集まり、交流の場としております。入会希望者は、入会金1,000円を同封の上お申し込み下さい。
                      (小笠郡大東町:高見さん・23才)



先日11月号(昨年の)を初めて購読させてもらい、誌名を78%とした意味を考えてみました。掛川市そしてこのタウン誌も、100%を満点として78%くらいかなという編集者の方々のお気持ちなのではないかと、ふと頭をよぎりました。その後のTVで浜松百撰と78%の編集長のお話、聞かせて頂きました。78%は大変向上心篤く、まだ若い故に、今後が期待されます。掛川市のことを広く多くの人に知ってもらうために、市民が興味を持ち、飾らない生の声が聞け一人一人が積極的な考えをもてる、生き生きとして、そしてなんとなくほのぼのとした、他のタウン誌とまたひと味ちがう「タウン誌78%」にしてください。期待しています。
                      (引佐郡細江町:杉山さん・23才)



この78%も、なかなか掛川のことを詳しく書いてあって、いろんな人にこれを読めばすぐわかる様になってるけど、まだまだ掛川の町中に住んでいる奴、集まっている奴を忘れちゃいけないよ。別に、俺っちを宣伝しているわけじゃないけど、将来この掛川を背負ってたつ勤労男女なんだぜ!たまには俺っちを載せてくだせい。おねげえしますだぁ。

                       (掛川市中町:大石さん・18才)



「遠江塚例祭行われる」

十一月十一日、下俣「遠江塚」にて掛川城の若殿、松平遠江守定友公の霊をなぐさめる為に墓前祭の「遠江塚例祭」が行われました。今回は地元の人達のおかげで、幟も出来上がり、盛大にお祭りが行われました。どうか読者の皆様も、編集部の人も、今年の十一月十一日には是非ともお詣り下さい。甘酒の接待も毎年行われております。十九才で切腹した定友公をはじめ、殉死した二十余名の家臣の供養祭です。NHKTVや中日新聞でも紹介されたお祭りです。掛川の文化財にご理解をお願いします。
                           (掛川市西町:市村さん)



まことちゃん、ごめんね。本当は、あんたのこと大好きだけど、今は、あんた以外の人を好きになっちゃた。だからあんたのこと見られないよ。今まで、つきあってくれて、ありがとう。いつまでも忘れないよ。どこかであったら、はなしかけてきてョ。

                        (Toまこと…不良少女・18才)



いよいよ忘年会の時期が来た!(12月19日消印)うれしいナァ−!でも、アタシそんなにのめないのよネェー!会社内のはおもしろくないけど、ツレとやるのが一番、もち男も!彼、いるけどサァ−、すご〜くのんべェーなのだ!78%この頃おもしろくないネェー本当に!いつも似たような事ばっかり。アタシもチャレンジコーナーに出たい!きんぎょすくいに…。

                        (掛川市宮脇:神谷さん・2?才)



「バイクに想う」

私はよく連休などになると、バイクで旅に出る。旅とは言わず、バイクの場合はツーリングと言うが…。2泊3日位で必ずテントとシュラフをリアシートに縛り付けて行く。出発の2〜3日前から心うきうき、まるで小学生が遠足をする時のような気分で荷物をまとめたり、地図で目的地を探したり、バイクを磨いたりして準備をする。出発の朝、天気がよければもう何もいらない。ツーリングに出るといろいろな人に出逢う。バイク同志だと誰とでも気軽に話ができる。それはツーリングの解放感だけではなく、バイクに乗っている者同志の連帯感みたいなもので、特にソロ(単独)同志は目と目が合っただけですぐ話が始まるものだ。
2年近くも前のことで、岐阜の高山市から国道361号線で長野の木曽福島町に行く途中のかなり高い峠で一人バイクを止めて休んでいると、反対側から2人乗りで私の方に近づいてくる1台のナナハンがあった。「女の子を後ろに乗せていいなァ」と、いつもソロツーリングの私は思っていた。その2人組は私のバイクのすぐ横に止まり私にあいさつをする。こちらもいつもどうりあいさつを返すと、「どこから来ましたか?」と2人組。「静岡からです」と私。その2人がヘルメットをぬぎサングラスとマスクをはずしたその顔に私びっくりする。もう50歳をとうに過ぎていると思われる老夫婦なのだ、いろいろ話をする。その人は、もう、孫が危ないからバイクはやめてくれと言われるそうだ。「だから月に一度か二度、ばあさんを後ろに乗せてこの辺を少し走るだけです。昔は、この峠は馬に引かせた荷車で越えたもんですよ。今は、道も広く良くなって、わずか30分もあれば越えられる、楽になりましたね。」と、昔話をあれこれとする。本当にバイクが好きらしい、かなり古いナナハンなのにまだピカピカで、かなりきれいに手入れがしてあった。
かなりの時間話をして、いよいよ別れ。お互い「気をつけてね」と言い合い、反対方向なのでホーンを鳴らして手を振って別れた。後ろに乗っているおばあちゃんの楽しそうな顔。かなり離れても手を振っていてくれたのを今でも覚えている。本当に気分のいいツーリングだった。
あれから2年、私のナナハンもヤマハからカワサキに変わったけど、まだツーリングは時々している。そして時々、思い出す。あの老夫婦はまだ走っているだろうか。また、あの峠へ行けば逢えるだろうか。私もあの夫婦のように結婚しても、子供ができても、孫ができても、いつもバイクを良き相棒として、いつまでも走り続けている。そんなライダーになりたいと想う。
                (ツーリングクラブ「の」の会・会長:佐藤さん)