その時、掛川の街は素顔を見せる!
掛川の街には、古いものや、新しいものがたくさんかくれています。
この街をおしゃべりにするのも、無口にするのもあなた次第。
思いきって街の中へ飛びこんでみて下さい。
人々はとても気さくで、やさしくあなたを迎えてくれるでしょう。
ひとつひとつの小さな路地や街角に浸みこんでいる歴史の匂い。
暖かい人情に触れることができた時、きっとあなたにも
掛川の素顔が見えてくるはずです。
あなたの住んでいる街をもっともっと知っていただくために、
このタウン誌が誕生しました。
Vol.61 1985.4〜Vol.76 1986.7
自主上映「鉛の時代」
81年度ヴェネチア国際映画祭グランプリ受賞。
1981年製作/西ドイツ
原題または英題:Die Bleierne Zeit
配給:欧日協会
劇場公開日:1983年1月20日
あらすじ
ユリアンネ(ユタ・ランペ)とマリアンネ(バーバラ・スコヴァ)は、戦時中に生まれ、鉛の時代といわれた1950年代に厳格な牧師の家庭で成長した。性格は違うが、二人とも、幼ない頃学校で上映されたガス室での大虐殺のフィルムを見て、嘔吐をもよおした経験をもっていた。マリアンネは、そのまま社会への反抗心を強くもつようになりテロリストのグループに入って活動した。ユリアンネは恋人と同棲しながら、女性雑誌の編集の仕事に励んでいた。そんなころテロ活動で逮捕されたマリアンネが獄死した。自殺という当局の発表に疑問を抱いたユリアンネは、平穏な恋人との生活を拾てて、死因を究明し始めた。マリアンネが残した息子をひきとり、彼女が入っていた牢獄を何度も訪れたユリアンネは、固い絆で結ばれていた妹の苦悩と生き方を徐々に理解してゆくのであった。
日時:5月12日(日)午後2時〜・午後6時〜
場所:ライブハウスひょうたん島
料金:¥1,000(1ドリンク付き)
(1985.4)
劇団俳優座公演
「紙の汚れた手」
病院には数々の患者がいろんな問題を抱えて訪れる。中絶手術に失敗して胎児が育ったので生むことを決意しして出産し、無関心な相手から自律する若い女性。未亡人でありながら出産し、娘の自殺を恐れて赤ん坊を殺してくれとの依頼…。こうした数々のケースを直視して真木野は次第に科学者としての自分と、人間としての自分の矛盾に悩んでいく。
この作品は医師と人間性の間を大きく振幅する彼の心を通じて、生命の尊さの根本的認識が世間の常識ではなく精神に関わる事を強調しながら、現在の愛と性の行方を鋭く問い詰めている。各界に大きな反響を呼んだ曾野綾子のベストセラー作品。田中干禾夫が脚色・演出する屈指の話題作。
主演:中谷一郎、河内桃子他
日時:5月24日(金)PM6時〜
会場:掛川生涯学習センター大ホール
料金:一般¥2,800 18才未満¥1,800
問合せ:掛川演劇鑑賞会
(1985.4)
牧口一二 特別講演会「ちがうことこそばんざい」
ある中学校で牧口さんは「人間はみんな同じで、みんな違う。この二つの矛盾したことが、どちらも大切なんだ。そして人間とは、決して一人だけでは行きていけなくて、社会をつくり、助け合ってこそ生きていける動物なんだ…」と話し始めた。その後。どっさり届いた手紙の中に「牧口さんは、人間は支え合う動物だと言ったけど、僕たちは、車いすの人と出合ったら押してあげることができるし、目の見えない人と出逢ったら手を引いてあげられあます、だけど、障害者の人は僕の何を手伝ってくれますか」ドキッとした。大人たちは思っていても、口にしないことだ。他にも楽しいエピソードや牧口さんの生きてきた軌跡など、豊富な話が飛び出します。
牧口一二さんは、障害者問題総合誌「そよ風のように街に出よう」の編集者。四肢弛緩麻痺、ポリオであり、グラフィックデザインを職業としてる。
日時1985年7月7日(日)午後7時〜
掛川市生涯学習センター第3会議室・入場無料(保育室あり)
主催:つゆくさの家建設をめざす会
※講演会に先立ち7月6日午前10時から2時間ほど牧口さんを禍根での座談会を行います。場所は菊川インター北のレストラン「シティ」
(1985.7)
ギターリストのための、「チェック&マスタートレーニング」出版
最近のギタリストの傾向として、早弾きとかライトハンド奏法といった派手なテクニックにあこがれてやっているんですが、よく聴くと、音がきたなくてリズムにはまっていない人が多い。また、簡単な楽譜が弾けなかったり、ちょっとしたリズムが刻めなかったり、ここまで書くともうおわかりでしょう、そう、ほとんどの人が「基礎」が欠けているのです。そう言う人のためにギターの基本的なテクニックが、掛川市内在住のギタリスト富塚章さんによって出版されました。この本なくしては、永久にギターはうまくなれません!?とにかくギタリスト必見の書です。
「ギターリストののための、チェック&マスタートレーニング」リットーミュージック社・富塚章著¥1,800
(1985.8)
映画上映「想いでのアン」
昭和11年。長野県・小布施教会。野宮周平牧師は、妻・元枝と10歳になる息子・周作と共に、カナダ館に赴任してきたリスター医師を出迎えた。リスターは、妻・エリザベスと7歳の娘・アンを連れてきた。彼らは音楽一家であった。周作とアンは、直に仲よくなる。戦況が激しくなり、教会はカナダの援助を打ち切り、自給に踏み切った。五年後、教会では、カナダに帰るリリアス・パウルと召集する隣接の聖ペテロ療養所の高橋五郎医師の送別会が行われた。が、そこにも「解散しろ!」と刑事が踏み込んでくる。村人達のアンに対する嫌がらせが始まった。教区本部からも、リスターの帰国を命じてきたが、彼は日本の結核患者のために働きたいとそれを拒む。長野県では、療養所を青少年練成道場にするからと閉鎖を言い渡してきた。が、周平は突ぱねる。日米開戦になり、リスター一家は警察に連れて行かれ、軽井沢に収容された。周作は友人・若林とアンのいる別荘を探しに軽井沢に出かけるが、見つけられずに帰途した。その夜、周平が反戦容疑で逮捕された。リスター一家は、スパイ容疑でカナダへ強制送還されることになった。リスターは、スイス公館を通じて、帰国前に演奏会を開く許可を得た。そして、教会に置いてきたバイオリンをアンが取りに行くことになる。周平は、療養所の献納と、教会の十字架を外し国旗掲揚を条件に釈放され、周作が迎えに行った。その頃、刑事に護衛されて教会を訪れたアンは、周作に会えず明日の朝、戻らなくてはならないと言い残し去った。戻ってきた周作は、急いで追いかけ発車間際の電車に飛び乗る。そして、アンを見つけるが、彼女は刑事に囲まれていて言葉は交わせない。アン達がスイス公使館に向ったと知った周作は、追う。窓辺で泣いているアンの前に周作が現れた。演奏会の後、リスター一家を乗せた軍用トラックの前に周作が飛び出すが、二人は引きはなされる。アンは必ず帰ってくると叫んだ。だが、カナダに向う交換船の中で病死した。
戦争のために幼い愛までも引き裂かれていくという反戦映画。小学生の高学年からお年寄りまで、全ての人に観ていただきたい映画です。日時8月25日(日)AM10時〜、PM1時30分〜、PM6時30分〜
会場:生涯学習センターホール
主催:想いでのアン上映実行委員会(小笠教育会館内)
1984年製作/118分/日本
配給:共同映画
劇場公開日:1984年11月23日
監督 吉田憲二
(1985.8)
メガネ屋からのお願い
(掛川市民眼鏡院)
メガネの修理の急場しのぎに、よく瞬間接着剤を使用するお客様が多く、「直して下さい」と持ってきますが、接着剤使用は絶対やめてください。接着剤を取り除く時のことを考えて観て下さい。焼き取る、または丁寧に削り取る方法しかありません。メガネはご承知のように、セルフレーム、メタルフレームなどがあり、硝子レンズ、プラスチックレンズ、それに付属部品が多くついています。たとえメタルフレームにしても、、焼けば炭素跡が黒く残ります。金属は良いとしても、ガラス、プラスチック、カラー等々に火が廻れば当然お解りのはず。直るものも直りません。自分の不注意により、曲がったり折れたり、ロウ離れするのは当然です。愛着あるメガネを長持ちさせたければ、接着剤は絶対にだめです。
(1985.11)
牡蠣雑炊がおいしそう!(梅木屋)
本物の酒飲みは肴の味にもうるさいときく。「安かろう悪かろうではなく、食べてが満足してくれるような料理を出していきたい。」と、味については頑固に守り続けている梅木屋のご主人。手間暇をかけることを惜しまないから、味については保証付き。魚類もこれから種類も豊富に出回り、脂がのって最高においしくなる時。旬の魚を肴に飲む酒は、また格別においしい。若者もたまには、じっくりと、こんな雰囲気の中で飲むことをおすすめする。ご主人も「決して高いものではないし、若者向けの料理、低価格のものも用意しているので、ぜひ若い人達にも割烹料理の良さを知ってもらいたい」と言っておりました、今なら松茸の土瓶蒸し、そしてこれから冬中は、暖かく食べられる牡蠣雑炊がおすすめ。旅館の個室も利用出来るので、忘新年会はもちろん、お見合いの会食、接待等にもご利用下さい。30名様までならOK。料理だけなら3,000位から出来ます。
(1985.11)
ゲーテも贈った板チョコ(アンデルセン)
詩人ゲーテが、74歳の頃最後の愛人といわれる女性のために書いた詩に「君こそわれに優しく見え給う、このいとも小さき贈り物にほほえみ給えばこの板チョコも、小さからず」というのがある。この時に贈り物のチョコレートを添えて、彼女に捧げたということです。2月14日のバレンタインデー。ヨーロッパではこの日をさかいに、小鳥達が、愛のささやきをはじめるという伝説もあります。でも、このバレンタインデーは、ちょっぴり罪作りの日でもあります。ひとつももらえなかった男性にとっては、一番イヤな日かもしれません。あなたが心優しい乙女なら、そんな人にもそっとチョコレートを渡してあげて下さい。そういう時はちょっぴりユーモアも添えて。
(1986.2)
18世紀チョコレートを飲むミシュテカの王たち
やられたらやりかえせ「山谷」3月9日自主上映
山谷は日雇労働者の街である。泪橋の南側一帯にひろがるドヤ街。そこに八千人を越える労働者達が生活をしている。しかし、そこは「地図にない街」だ。東京都の地図を開いてみても「山谷」という地名は見当たらない。1966年の「町名変更」でその二文字は抹消されてしまったのだ。「寄せ場」を「あってはならない場所」として隠し通そうとするかのように。だが、山谷はあくまでも山谷である。そこに息づく者たちを、誰も隠し込むことなど出来はしない。労働者達はこの街を「ヤマ」と呼んでいる。
この映画は、1984年12月22日、金町一家西戸組の兇刃によって殺された佐藤満夫監督の意志を引き継ぎ、その後結成された「山谷・制作上委員会」を中心に、多くの仲間達の協力を得て感性したものである。ところがその直後の1986年1月13日、映画制作の責任者ともいうべき山岡強一氏が、銃弾によって倒れたのだ。またもや金町一家のテロであった。彼らは何故に映画制作に関わる人間を二人も殺したのであろうか。それは、まさにこの映画が彼ら暴力団の実相を、生のままとらえていたからに相違ない。だからこそ、この映画が完成し、全国で上映されることを一番恐れたのだ。しかひ山谷の労働者たちは、ただちに反撃を開始した。そして山谷から労働者を支配し利権を求めようとするハイエナたちを、タタき出すまで戦い続けるだろう。深海に棲む魚は自らを発光させるという。寄せ場
日時:3月9日(日)午前3時〜/午後6時30分〜(2回上映)
会場:ライブハウスひょうたん島
料金:¥1,000(制作協力券も使用できます)
主催: 「山谷」上映委員会+蒼生舎
制作監督:佐藤満夫
撮影:マニフェスト映像
協力:日雇全協
他
(1986.3)
第3回蒸気機関車写真展
「SLが三度の飯より好きである」ただそれだけの理由で、大井川鉄道に通い続けている我が軍団は、昨年同鉄道や地元町などの協力を得て写真展を開催し、約6,000人の観光客やSLファン、沿線の人々が訪れ、大盛況でありました。
来場者の「来年も是非良い写真を」の声を励みに熱写行を続け、ここに第3回目を開催の運びとなりました。1月25日「ジェイ・ギャード」で有名な、台湾の阿里山森林鉄路との姉妹鉄道宣言が発表され、そして7月にはSL動態保存10周年を迎えます。その陰にはある一人の元国鉄のベテラン機関士の多大な尽力があったのです。
昭和51年4月、北海道標津線で活躍していた、C11227号機が入線。その時より彼の第2のSL人生がはじまりました。国鉄時代には東海道本線、高山線、土屋線などに乗務していたという。機関車の検修、乗務員の養成と多忙な日々が続いた。その苦労は計り知ることができません。現在は同鉄道の千頭駅、SL資料館館長という要職にあり、暖かい目で蒸気機関車たちを見守っている。阿里山森林鉄路との姉妹鉄道縁組みと、SL動態保存10周年を記念し、写真展を開催致します。
日時:1986年3月23日〜6月1日
会場:大井川鉄道千頭駅SL資料館
(1986.4)
民族歌舞団わらび座公演
「二月三月物語」「育む者のうた」
第一部 「二月三月物語」
昭和16年。東北の小さな山村。さんさ踊りに送られて出征兵士が乗り込むのと同じ列車から、赤縄をかけられた遺骨箱が憲兵の足蹴にされた。箱を抱え鋭く声を上げて泣く妻ヨネ。以後、踊りの名手・伍市は軍人の前では一切踊りを見せなくなってしまった。その伍市が少年ひろしの前で見せたえんぶり舞…。
一方、子どもたちは次第に少年兵や満州行きに憧れていく中で、父を戦地に失い、愛馬を徴用されたひろしも少年兵志願をする。「死ぬな、ひとりも死なすな。きびしい冬の時代につないだ、いのちへの愛」
第二部「育む者のうた」
おそいかかる雪を振り払い、ガッシガッシとえんぶり(田をならす道具)を大地に打ち付けて舞う若者達。民俗芸能に息づくその情熱は土壌に深く根ざしてうたう、いのち育む者のうた。
演目:さんさしぐれ、雪中田植、えんぶり、綾子舞、野菜売りのおしもさん、鹿躍 他
日時:1986年4月11日午後6時30分〜
会場:生涯学習センターホール
主催:わらび座をみる会
(1986.4)
曽我小PTA教養文化部優秀賞を受賞
第8回・静岡県PTA広報誌コンクールで、掛川市立曽我小学校PTA発行の「わかば」が、小中学校・手書き印刷の部で、優秀賞を受賞しました。、これはPTAだよりのS60年5月20日発行のNo.1からS61年3月13日発行のNo.6までを、1冊にまとめたものです。
(1986.9)
SLジャズトレイン大井川1986
夏の川根路。大井川の清流をぬって全国からのジャズファン、レールファンを乗せたSLがひた走る。大井川鉄道新金谷から千頭まで37.2キロ、約1時間、お座敷列車、展望車を連結した車内では一流ジャズメンによる生演奏。千頭からミニ列車とバスを乗り継いで、奥大井の秘境寸又峡温泉へ。夜は満天の星空の下、野外ステージでの「ジャズフェスティバル」と、旅館大広間でのジャムセッション。奥大井の美しい景観と懐かしいSL列車、それに楽しい音楽という涼しさいっぱいのイベント。
日時:1986年8月2日 ・3日 午後12時30分新金谷駅集合1時45分出発
参加費:17,000円(大井川鉄道運賃 、宿泊代昼食をのぞく食事代)
問合せ:FM静岡「SLジャズトレイン」係まで
※このイベントの模様は後日FM静岡から特別番組として放送されます。
(1986.7)