タイムマシーン
Vol.40 1983.7月号掲載
伊藤祥蔵
 家の中を整理していたら、私が記したノートが一冊顔を出した。それは赤っぽく変色した日記帳…。78%の40号の発行が7月なので、終戦の翌年二十一年七月の掛川の様子はいかにと、この古びたノートをひもといてみた。すると、時計の針が急に逆回転をし始めた。今より三十七年前の東海道宿場町の面影を残す掛川の町へと……。

 主食の米少なく、毎日少量の南瓜(カボチャ)・馬鈴薯(じゃがいも)を煮たり、茹でたりして食べるが、空腹には勝てず、肴町の「魚幸」又は、仲町の「寿し春」にて、時折、とぼしい財布をはたいて蕎麦を食べにゆく。この蕎麦は海草で作られたものであるが、これが仲々美味であった。帰りは「梅廼家」で芋志るこ・一杯五円也!砂糖は全くないので、薬名「ズルチン」又は「サッカリン」を煮物に入れたりして甘味出す。新聞に、「砂糖湯の作る方法」の記事あり。トウモロコシの幹を細く切り、鍋で煮詰めると砂糖湯が出来上がる。甘味に餓え、早速ためしてみる。

 国鉄掛川駅前に外地からの引揚者の接待所を天幕張りで設置し、青年が毎日交代で引揚者の接待にあたる。(七月二十日土曜・晴れ)十才ぐらいの男の児が、掛川駅に一人でポツンと下車した。聞けば、名古屋で両親・兄弟を爆撃により亡くし、焼け野原で泣いている時、東京は新宿七丁目の鈴木と云う人が、十円を少年の手に握らしてくれたので、この鈴木という人をたずねて、未だ見ぬ東京へ行く途中であると云う。少年の名前「芹沢春男」…。今健在ならば四十七歳ぐらいであろうか。

 腹が減っても、掛川で唯一の映画館・掛川座は連日満員。七月に上映された映画は6本である。
 「新道」前編・松竹映画・監督 五所平之助 出演 佐野周二、田中絹代、上原謙、佐分利信、桑野道子、高島三枝子。
 同じく「新道」後編。「民衆の敵」東宝映画・監督:今井正、出演 藤田進、花柳小菊。
 「女の勝利」松竹映画・監督 溝口健二 出演 桑原道子、田中絹代、三浦光子。
 「不良少年」フランス映画 出演 ダニエルダリュ。
 「ユーコンの叫び」アメリカ映画 データ不詳。

 夕食に、自分の眼玉のみがわびしくうつる汁を飲み、入浴料七十銭を支払い満員の湯につかり、四円を奮発して映画を観て、せめてひと時に苦を忘れる掛川町民!

 オヤ、オヤ、タイムマシーンの映像が薄れてきました。芹沢少年の顔が、池の波紋のようにユライで消えてしまいそうです。