おえらいさんの言うことにゃ
Vol.38 1983.5月号掲載
田中の一本杉
 このごろ珍しい話を聞いた。近ごろ若者がサラ金で借金をして返せないので、他で借りて返す。こんな事をしばらく繰り返すと一千万円位にはすぐなるそうだ。困って親に相談する。親はほおっておけないので金融機関に相談に行くことになる。

 こんなことがあっては困るので、どうして予防したらよいのだろうかと、偉い人が十時間も相談した。うまい結論が出ない。しまいの果てに、一番偉い人が、『近ごろは若者の月給がよすぎるからこんな事が起こる。その理由は、月給がよいから自動車を買う、少し乗っている内にもっとよい車が欲しくなる。そしてサラ金に行く。すぐ返す心算で借りるが仲々返せない。そこでサラ金、サラ金と借り、返す。するとすぐ一千万円位になる。』という理論だ。

 話としては面白いが、偉い人がそんな結論を出されては困る。月給というものは、自分の働きを売った代金なのだ。若者でも年寄りでも、女でも、働いただけの金をもらうのは当たり前である。若者だから安く使おうなんてとんでもない事である。サラ金で金を借りるのはたしかに馬鹿げた話だ。若者自身もこんな事で困ったり笑われたりしないように、お互いが自重しようではありませんか。

 今日、連れとこんな話をした。「何かよい銭もうけはないかなあ。」「土方はどうだ?」「やだやだ、小僧らにこずき廻されて馬鹿馬鹿しい。俺は一週間ばかり行ったがこりたんだ。」種々話をしている内に「吾々は年こそ喰っているが、土方の仕事が不得手だから仕方がないよ。とにかく、銭をくれるだでなぁ。こずき廻さなければ銭だけの仕事ができないだよ。吾々も百姓仕事に、大学出より、字は読めなくても百姓仕事のできる人の方が銭をよけいに払えるよ。あはは……。どうもこの話の方が的を得た話のようだ。

 日本人は、えらい人の言うことはまちがっていてもまちがっていると思わないクセがあるらしい。県会議員の選挙に自民党の推薦書を隣組組長が回覧板で廻した。これも変な事である。頼む奴も奴だが、廻す奴も奴だ。おこる人はよいが、何だか組長がそんなものを廻せばそれが一番良いと思う人があるから困る。市議会議員の選挙にも、区長や組長が陣頭に立ってやるかも知れぬ。どうも近ごろ面白くないことが流行してきた。私達は落ち着いて周囲のことを自分の頭でよく考えるくせをつけよう。