「農業科」
Vol.40 1983年7月号掲載
菊川町東横地にある県立小笠農業高校は大正元年(1912年)に創立された歴史ある学校だ。約19万?の広大な土地の中にあり、生徒は実地で農業経営を学んでいる

この広大な土地の殆どが農地(田圃と畑など)で、この農場を維持していくための経費が年間約4,000万円掛かるが、生徒達が作った農作物などの売上げが5,000万円にもなるので、それで経費を賄え毎年黒字経営になっている。

生徒と先生は共に土に触れ、なぜこうなるのか、どうしたらよいのかを共に考えながら、自然と人間的繋がりを大切にして教育を実践している。

農業(水稲、園芸、畜産、農業土木など)に特化した教育が行われている小笠農業高等学校(以下小笠農業と言います。地元での通称はガサノウ)を、今月号から来春までじっくりと覗いて見たいと思います。
「テストの成績なんか問題じゃない」

農場長の石川先生は「よく、他の中学校や高校で、先生を殴ったり校舎を壊す生徒がいるっていいますけど、うちの学校ではとても考えられませんよ。今の教育では、ああいう荒んだケースになるのは無理ないですね。すべてテストしちゃあ点数つけるでしょ。農業高校には、子どもを素直に育てる素材がある、生き物という…。教室での授業が半分、青空の下での授業が半分ぐらい。だから極めて恵まれています。」

ちなみに、小笠農業ではテストの成績は問題ないという。実際に自分で体験し工夫をしたり研究をして、自分自身で結論を出していく、その出た結果が評価となって出て来るのである。


「農村の嫁不足解消になるかな?」

全校生徒485名の内、132名は女子生徒が占めている。女子生徒は主に生活科を専攻していて、農業体験を通じて農家の主婦になるための勉強をしている。将来の農村婦人を目指しているのである。いっぱい入校してもらって、農村の嫁不足を解消してもらいたいものだが、こればかりはいかんともしがたい。

作物担当の伊藤先生も「女の子の場合は、後継ぎのお嫁さんになってもらいたいんだけど、こればかりは相手次第ですから…。好きになったら命がけって言うくらいで、他の産業の人や先生を好きになったら、別れろってわけにはいきませんからね、アハハ…。」と笑う。

しかし、これからの農業は、今までの暗いイメージから抜け出し、若い世代の人達が希望を持って働ける場として、若者自身が作りだしていかなければならない。学ぶ生徒さんは農業に対する自信と誇りを持っていてほしいものです。


「政府の減反政策なんて、とんでもない!」

今月号は、田植えの時期でもあるので、いま国がしきりに減反を呼びかけている「水稲作物」にスポット当ててみた。石川先生によれば「減反なんてとんでもないですね。現在は輸入米にも頼っていますが、もし輸入がストップしたら大変ですよ。減反で遊ばせている田圃を、来年から水稲にしようと言っても、直ぐにはできないですよ。元に戻すには3年掛かります。私としては、絶対に反対ですね。」

農家の人達は自分達の食べる分をつくっているからいいとしても、サラリーマンなどの一般国民はいったいどうなっちゃうのか。一番反対していかなければならない立場にある人達が、一番楽観視しているのではないだろうか。


「生徒自身が経営者!?」

ぎこちない手つきで田植えをしているのは、農業科3年の水稲作物専攻の男子生徒7名。全員真剣な顔付きで作業を進めている。それもそのはず、手抜きをすると秋の収穫の時期になって、一目瞭然で米の質や収穫量などの差がわかってしまうからだ。

一人一反の田圃を一年間完全にまかせられるので、田植えから稲刈りまで全てを一人で管理しなければならない。そして、稲が終われば、裏作でじゃがいもや玉ねぎも作る。一反歩の農地でいかに良い作物を作り、収穫を上げていくかを、経営者になったつもりで管理をしていくのである。

その間、作物担当の伊藤先生と、実習教諭の佐々木先生はただ見ているだけ。わざと手出ししないで生徒に任せきっている。

当初、ここの土地はお米だけしか作れなかった。水はけが悪く、いつも膝上くらいまで水が来ていた。生徒と先生が「何とかしよう」と、毎年それを研究課題にしてきた。そしてついに3〜4年前、生徒が、もみがら暗渠(あんきょ:排水のために地下に作った水路)を入れることを考え、水はけの悪さから解消されることになった。おかげで作業も楽になり、裏作も出来るようになった。

小笠農業でも機械化が進み、田植えも稲刈りもすべて機械で行う。機械の入らない所とか植え込みが不完全な所とかを手植えで補っている程度だから。だいたい一日で全て完了してしまう。

田植えをしている石川君と石谷君に感想を聞いてみた。石川君は農家の長男なので、ゆくゆくは後継ぎとしてやっていかなければいけない立場にある。石谷君は次男で、家はハウスで野菜を作っている。

石川君「今日は、えらかったというのが実感。自分の田圃だけを手を抜くと、自分の田圃には草が生えてないように、しっかり管理しなきゃあいけないと思う。」

石谷君「腰が痛い!4時間目だけ授業を受けて、ずっとやってました。広くなった分だけ責任が重くなったので、しっかりやりたいと思う。卒業したら就職します。家を継いでもいいなぁって気持ちもあります。」
石川君(上)と石谷君(下)